第7話

 いらっしゃいませ。

 店で客を迎える父親の声が遠くに聞こえた。

 早く戻らなくては不審に思われる。


「どうするっていうの」

「ここにいちゃだめ?」

 元太郎は意味もなく左右を見回した。通路には誰もいない。

「それって、匿ってくれってこと?」

 女は頷き、ちょっと拗ねたような目つきになった。

「そんなふうに言うと、あたしが悪いことしたみたいに聞こえる」

「そうじゃないの?」

 女は首を振った。


「嘘だ。だって、銃撃されたんだよ。君を狙ったんだよね?」

「狙われたのは認める。でも、悪いことなんかしてない」

「悪いことしてなくて、銃撃なんかされないよ」

「向こうのほうが悪いの」

 元太郎は目を見張った。

 パッと見た感じでしかないが、撃ってきたのは人間の町の警察官ではなさそうだった。

「撃ってきた相手が誰かわかってるんだ」

「おそらくは」

「じゃあ、自分の町に戻って、警察へ行くべきだよ」

「それは、無理」

「どうして?」

 女は俯いてしまった。何か言いたくないことがあるのだろうか。


 女の立つレンガの横に、まばらな雑草が生えている。その草の先端に、小さな虫がとまった。虫は人間の女に近づこうとした。すみれか何かと間違えたのだろうか。

 いや、そんなはずはない。すみれは青い花で、女は薄桃色の服を着ているのだから。

 それなのにすみれの花を連想したのは、元太郎がすみれの花が好きだからだ。


 女が顔を上げた。

 表情は毅然としたものに変わっている。

「――わかった。もう、いい」

「もういいって――」

「ほかの場所を探す」

「ほかの場所って、この町でかよ」

「そうよ」

「なんで人間の町に戻らない?」

「危険だから」

 女はそう言うと、レンガの上からぴょんと飛び下り、地面の上を歩き出した。


 人間の町へ戻ると危険とは、どういう意味なんだろう。

 指名手配かなにかされているんだろうか。

 まさか。歩き去る後ろ姿は、そんな犯罪とは無縁な清々しい雰囲気をただよわせている。商店の裏の陰のわびしい通路が楽し気に見えるほどに。


「待って」

 女が振り向いた。

「ちょっとだけなら、匿ってやれるかも」

「――いいの?」

 頷きながら、後悔が元太郎の胸に沸き上がってきた。

 何かとんでもないモノをしょいこもうとしてるんじゃないか。 

 やっっぱり、だめだ。

 そう言おうとしたとき、二軒先の野蛮怪獣の不動産屋、大樹が裏口から出てきた。

 

 慌てて、元太郎は畳んだ段ボールを掴んで前方に投げた。女が、

「きゃっ」

と悲鳴を上げ、身をかわすと、段ボールの陰にしゃがみこむ。

「何やってんだよ」

 大樹が訝しげな声を上げた。

「何って、ゴミを捨てにきたんだ」

「で、独り言?」

 元太郎は大樹が苦手だ。元太郎より二歳年上。生まれたときからの知り合い、目の上のタンコブだ。六年前に同じ野蛮怪獣の嫁をもらって、一人娘がいる。

 普段から、大樹の前に出ると態度がぎくしゃくしてしまうというのに、今は人間の女を隠しているせいで、ますます態度がおかしくなってしまう。


「ぶつぶつ言ってたかと思ったら、段ボールを投げてさ、おまえ、相変わらずおもしれえな」

 全くおもしろくなさそうに言う。

「俺の勝手だろ」

 そして元太郎は、段ボールを引き寄せた。人間の女は、うまい具合に端に掴まっている。


「じゃあな」

 元太郎はそう言い放ち、段ボールを脇に抱えて踵を返した。

「なんだよ、捨てに来てまた持って帰るのかよ」

 無視して店に戻った。

 

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