第5話
「
父親の声は悲鳴に近かった。
「人間め!」
店の真ん中に突っ立って、父親は憎々しげにと呟く。
「犯人はどんな人間だ!」
「わかんないよ。突然、やって来て店に向けて発砲したんだ」
「なんでだ? なんでうちの店が狙われる?」
元太郎は首を横に振り、それからほんの少し首を傾げて、シャンプー台を盗み見た。
隠れてくれ。
そういう意味で。
「なんだ、おまえ。様子がおかしいぞ」
父親が目を細めた。
「な、なんだよ」
「店がこんなことになっているっていうのに、ずいぶん落ち着いてるじゃないか」
「そ、そんなことないよ」
父親がじっと元太郎の目を見つめる。
思わず視線を逸らしてしまった。
ところが逸らした先がよくない。鏡の中でまた目が合ってしまう。
父親の顔が歪んでいる。弾で出来たひび割れのせいだろうか。
「なんか隠してるな」
父親が一歩前に踏み出した。
「え?」
元太郎は、一歩下がる。
「わかるぞ、おまえ――」
「隠し事なんかないよ!」
怒ったつもりだが、思いの外迫力に欠けてしまった。
「いや、隠してる。おまえ、もしかして、何か人間に恨まれることでもしたのか」
そっちか。
元太郎はほっとして、息を吐いた。
「違う、違う。ほんとに俺は何も知らない。なんで突然人間に襲撃されたのか、わからないんだ」
「ほんとか?」
深く頷いてみせる。
「とにかくだな」
言いながら、父親は眼鏡をかけ、胸のポケットからスマホを取り出した。
「まずは警察だ」
「ま、待って!」
慌てて、元太郎は父親のスマホを取り上げた。
「何すんだ!」
「いや、ちょっとここは冷静に」
「なんだと?」
「だからさ、警察はまずいと思うんだよ」
「何がまずい!」
父親の顔が真っ赤になった。
「それはーーそれはさ」
「人間にこんな目に遭わされて、黙るってのか? 犯人を野放しにしておいて平気なのか?」
「平気じゃない。だけどさ、思い出してみてよーー、ヒズマ誘拐事件」
「あの事件がなんだってんだ」
ヒズマ誘拐事件というのは、つい半年ほど前、この町のヒズマという名のショッピングモールで、恵比寿怪獣の男が誘拐された事件だ。男は数日後、同じ場所で見つかったが、失踪していた三日間のことを何も憶えていなかった。
犯人はわかっていない。ただし、ネット上では、人間にさらわれて様々な実験をされたという話がまことしやかにささやかれている。
そこから、人間たちの闇の組織について、おもしろおかしく、少し真面目に、考察がなされているのだ。
「馬鹿馬鹿しい」
元太郎の説明は、一蹴された。もちろん、元太郎だって、ネット上の陰謀話など信じていない。だが、ここは信じさせるしかない。
なぜなんだ?
なんで俺はこんなに懸命に、あの人間の女をかばってる?
「警察に通報して今日の襲撃が大々的に報じられたら、どうなる? 奴らはきっと俺たち親子とこの店を潰しにかかるよ」
何の根拠も証拠もないが、なんとか
「店を潰しに……」
事を荒立てれば店が危ない。これが効いたようだ。
父親はおとなしく引き下がった。
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