第3話

 人間同士なら、ダダダッと響く銃声の音も、怪獣にとってはピピピッとしか聞こえない。機関銃らしき筒のさきから出ているのも、線香の煙に近い。


 ピチッと、弾が元太郎の腹に当たった。硬い皮膚にはびくともしないが、ちょっとこそばゆくはある。

 モミの葉に似た肌の突起から、元太郎は弾を取り出した。本物だ。

 

 その間にも、銃弾は次々と撃ち込まれた。お客さんが座る椅子にも鏡にも、弾はかわいらしい音を立てて当たる。それでも、椅子には小さく穴が開き、鏡には亀裂が入った。このままでは店が傷つけられる。

 

 なぜ、人間たちは襲撃してくるのだろう。

 

 理由は思い浮かばなかった。人間たちに恨まれる覚えはない。

 そもそも、人間たちが怪獣を襲うことなど滅多にないのだ。数十年前には、政治的な見解の相違で、お互いが軍隊を出しあわや戦争になりかけたこともあったし、もっと昔には、両者が壊滅的打撃を受けた戦いもなされたそうだが。

 元太郎が生まれてからは、両者平和に共存している。

 ここ最近のニュースを思い出してみても、特に人間と怪獣の間で問題が起きたとは報道されていなかったと思う。

 

 となると、個人的に狙われているのか。

 思案する最中も、ピュンピュン弾は飛んでくる。

 

 しょうがねえな。

 ドスドスと、元太郎は表へ出た。人間の車など、一撃で数十メートル先へ飛ばせる。

 腕を振り上げようとしたとき、ワゴン車は急発進した。おもちゃの車が子どもによって闇雲に走らされてるみたいに、彼らにとっては大きすぎる道路を転がっていく。だが、案外、早い。走っても捕まえられそうにない。恵比寿怪獣は足が遅いのだ。

 

 店先のサインポールが止まっていた。赤白青のトリコロールの看板だ。小さな弾が運悪くコンセントを切ってしまったらしい。

 後ろを振り返った。

 店には、何事もなかったかのように、午後の明るい日差しが差し込んでいる。

 

 店は、傷ついた。それは間違いない。大した破損ではないが、それでも壊されたことは確かだ。

 父親の顔が浮かんだ。おそらく激怒するだろう。大切な店なのだ。

 

 とりあえず、傷ついた箇所を確かめようと中に戻り、鏡や椅子を点検した。警察に通報するには、被害状況をはっきりさせなくてはならない。

 床に転がった弾を集めているときだ。

 ふいに泣き声が聞こえてきた。

 

――くすん、くすん。

 小動物の鳴き声に似ているが、ちょっと違う。

 

 なんだろう。

 元太郎はしゃがみこんだまま、辺りを見回した。

 

 椅子の脚の向こうに、鋏やブラシを入れたワゴンがあり、その先にシャンプー台の脚が見える。

 泣き声はその辺りから聞こえてくる。


「誰だ?」


 元太郎は声を上げた。

 そういえば。

 と、元太郎は思い返す。

 父親が点けっぱなしにしたテレビを消しに奥へ行き、店に戻ったときだ。畳んでいたタオルが落ちていた。なんか変だなと思った。

 

 と、シャンプー台の脚の向こう側から、女が現れた。

 人間の女だ。

 驚いた元太郎は、思わず掌の弾を落としてしまった。

 コロコロと弾が転がる。弾の一つが女の足元で止まった。


「何してんだ?」

 女は怯えた顔で元太郎を見つめ返す。

 いくつぐらいだろう。元太郎は人間の女に詳しくなかった。テレビでは見ているが、実際には身近で交流したことはない。

 多分、若いと思う。人間年齢二十五歳ぐらいではないだろうか。

 足首ぐらいまである薄い桃色のワンピースを着ている。髪は肩の辺り。痩せても太ってもいない。

 顔は――。

 怪獣の基準でいったら、美人じゃない。怪獣の中では、顔立ちがはっきりしていないときれいとは言われない。

 目の前の女は、目も鼻も口も小さかった。人間たちが祭る雛人形みたいだ。


「もしかして、さっきの連中、あんたを狙ったのか?」

 その途端に女は、両手で顔を覆って泣き出した。





 



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