第2話

「今日は午後から出かけるからな」


 店の掃除をしていると、父に声をかけられた。

「会合?」

「ああ。一時から花庄でな」

 花庄は、商店街にある花屋だ。

 このところ父は頻繁に会合に出かけていく。もともとこの商店街で主な顔役が集まって会合は開かれているのだが、最近はその回数が多い。


 バーバー・ゴジラが店を構える商店街も、人間たちの町の商店街同様、後継者不足や大型店との競合による集客率の低下のせいで、空き店舗が目立つ。カメそのままのおばあちゃん怪獣がやっていた蒲団屋も、カエルもどきの跡継ぎががんばっていた金物屋も数年前に閉めてしまった。

 歯の抜けた櫛のように。

 死んだ母親がよくそう言っていた。

 空き店舗になると、閉めた店の前や両隣まで、なんとなくさびしくなってしまう。お客さんというのは、にぎやかな場所にしか足を運びたくないものらしい。


 ところが、つい二週間ほど前だ。そんな空き店舗に借り手があった。それも何件も。喜ばしいことなのだが、そう問題は簡単じゃないらしい。借り手の素性がよくないというのだ。

 元太郎など、誰に貸そうと、ともかく借りてくれる相手がいるなら、貸してしまえばいいと思うが、父たちの世代ではそう思えないらしい。

 胡散臭い連中に貸したら、商店街が崩壊しかねないという。

 崩壊しかねないったって――。

 元太郎は思う。

 もう、半分、崩壊してるじゃん。


 午前中の客は六人だった。

 まあまあだ。

 怪獣は人間の床屋には絶対行かない。だからどうにか持っている。バーバー・ゴジラは商店街ではめずらしく客足が減っていない店だ。ただ、以前はいた従業員はいない。人を雇う余裕はなくなっている。やっぱり、バケツにできた小さな穴から水がこぼれるように、ゆっくりと下降線なのはたしかだ。怪獣のバケツだから、穴は大きいが。


 昼になり、順番に昼食をとるために奥に入った。

 元太郎が先に食べた。食事は元太郎の担当だから、作って先に食べ、父親の分はラップして置いておく。

 母親がいなくなってから、父子は店舗のすぐ奥の部屋を生活の場所にしてしまった。物置がわりに使っていた部屋だ。ドア一枚で店舗とつながっている。ほんとは二階にリビングがあるのだが、母がいなくなってみると、仕事の合間の食事や休憩に、わざわざ二階まで上がるのが面倒になってしまった。物を壁際に押しやって、低いテーブルを置き、テレビを据え座布団を転がしたら、即生活の場になった。


 蕎麦を食べたあと、テレビの前で数分横になってから、父親は会合に出かけて行った。いつものようにテレビが点けっぱなしだった。仕事場ではなんでもきっちりやらないと気がすまないくせに、奥では結構いい加減だ。

 店に戻っていた元太郎は、もう一度奥へ入ってテレビを消すために、畳み始めたタオルを脇にどけた。

 テレビは昼のニュースからバラエティ番組に変わっている。出演者の女の子の黄色い笑い声がうるさい。

 

 早く消したいのに、リモコンが見つからなかった。

 ったく、どこに置きっぱなしなんだよ。

 目に見える範囲にはなかった。

 転がったのかもしれない。

 床に這いつくばって探すと、壁に寄せた棚と棚の隙間に転がっているのが見えた。部屋を横切った際に、父親が蹴飛ばしたんだろう。

 しゃがみこんで腕を棚と棚の間に伸ばした。なかなか届かない。苛立ちながら続ける。

 幸いなことに、店に客が来た気配はなかった。昼一番の予約もなかったから、焦ることはない。


 ようやくリモコンを掴んで、テレビの脇に置いた。それから店へ戻る。

 店は土間だ。店ではブランド物を履いている。父親に言わせると、

「サンダルなんかに高い金払って」

ということになるが、店は仕事場だ。いい加減なものは履きたくない。

 サンダルにつま先を入れたときだ。畳み終えて椅子の上に載せておいたタオルが床に落ちているのに気付いた。

 風もないのにおかしいな。

 そもそも、店の入り口のドアは閉めてある。まだエアコンをつける季節じゃない。

 せっかく洗って干したのに。

 そう焦ったとき、キキキーッと大きな音を立てて、店の前に黒いワゴン車が急停車した。


 なんだ?

 サンダルをつっかけたまま、元太郎は立ちすくんだ。立ちすくんでしまうほど、ワゴン車の止まり方は派手だった。

 人間のワゴン車だ。そのワゴン車の窓が開く。

 開いた途端、黒い針のようなものがこちらに向けられ、ピピピッと音が響いた。

 銃声だ。

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