怪獣の結婚

popurinn

第1話 

 嘘のような話だが、ここは怪獣のむ町である。

 特別区というわけじゃない。人間たちはこの町の存在を知っていながらにしているのだ。


 棲むというと、ひそんでいるかに思われるが、そうじゃない。

 この町の交番のおまわりさんも学校の先生も、もちろんコンビニの店員さんも携帯ショップのお兄さんも、バスの運転手さんもクリニックの先生も、全員が怪獣。 

 

 トカゲに似た怪獣、翼のある怪獣、カバやアリクイに似た怪獣。植物にった怪獣もいる。葉っぱにそっくりだったり、花に似ていたり。

 昆虫と瓜二つというやつも多い。バッタが巨大化したとしか思えないのもいるし、アリモドキと言いたくなるような小ぶりなやつもいる。 


 見た目は多種多様だが、この町では怪獣の分類は見た目ではない。

 分類は性質によってなされている。

 ほぼ四種類だ。


 寿怪獣。おだやかで争いごとを嫌う。おとなしい。どの外観の怪獣にもいるが、割合としては植物に似た怪獣に多い。

 反対に、怪獣は気が荒く戦闘的だ。翼のある怪獣によく見かける。

 怪獣。感情表現は豊かで、ポジティブ思考。これはどの見た目の怪獣にも、均一に存在する。怪獣もしかり。几帳面でまわりを気にし、声が小さい。


 この町にはありとあらゆる怪獣がいる。


 人間はいない。いや、少数ならいる。彼らはひっそりと、そうとわからないように暮らしている。

 自分たちの町では堂々と暮らしている人間たちも、この町では影が薄い存在だ。


 そもそも、怪獣と人間は大きさが違う。人間で高身長といえばせいぜいニメートルだが、怪獣はその十倍はある。バッタに似た怪獣で、手足が短く身長としては低いのもいるが、その分横に長い。尻尾の長いのになると、人間が乗る十五両編成の電車ほどもある。人間がこの町にいる場合、怪獣の陰でほとんど見えない。

 

 ここは巨大な怪獣が棲む町。

 そんな町をにできる人間たちは、ある意味、特殊な性質を持っているんだろう。

 


 怪獣が暮らす町といっても、さして人間のそれと変わるわけじゃない。すべての形あるものが怪獣に合わせて大きいだけで、喜びも悲しみも同じようにある。


 元太郎もとたろうはこの町で暮らすレッキとした恵比寿怪獣で、体全体がモミの木に似た外観をしている。

 モミはマツ科の植物だから葉は棒状でトゲトゲしている。だから元太郎の体には全体にトゲトゲした突起がある。突起の太さは一センチ、長さは四センチほど。びっしりとだからかえって気持ち悪くないと、自身は思っている。

 怪獣年齢七歳、人間の年で言えば、三十五歳になる。

 バーバー・ゴジラという名の店を、父親と二人でやっている。


 

 元太郎は、二か月前、母を亡くした。

 突然の事故だった。温泉旅行へ行った際に、乗っていたバスが追突事故を起こし、その衝撃で心臓をやられたのだ。軽い衝撃だったのに、ほかの乗客に怪我人はいなかったのに、元太郎の母の心臓だけが止まった。七十二歳だった。

 それから二か月。

 元太郎は呆けたままだ。普段どおりの生活は送れている。朝もちゃんと起きているし、仕事も滞りなく進めている。

 いっしょに働く父が日に日に元気を取り戻すのとは反対に、元太郎は日に日に気分が落ち込んでくる。


 マザコンだったのかな。


 それはいえる。

 いままで、なんでも母の世話になってきた。食べるものも着るものも、母が見繕ってくれたものに従い、それに反発しようなんて思ったことはなかった。


 嫁さんがいればな。


 意気消沈している元太郎に、父はそうため息をつく。母がいなくなって、急に一人息子の将来が心配になったらしい。 


 父は行動力のある怪獣だ。というか、考えと行動が、信じられない短さでつながっている。

 息子に伴侶が必要だと思ったら、即探す。

 そして四人、元太郎は父が探してきた怪獣の娘に会った。

 

 怪獣の男は基本、怪獣の女としか付き合わない。暗黙の了解でそういうことになっている。ときどき、人間と付き合っている怪獣もいるが、表立っては公表していない。

 バレたら、ちょっと変わったヤツだと思われる。変わったヤツのニュアンスの中には、常識知らず、変わり者、裏切り者というニュアンスまで含まれる。

 怪獣は怪獣同士。それがいちばんいい。特に古い世代の怪獣は、そういう考えを持っている。


 元太郎が父の勧める怪獣の女たちに会った結果は――。

 元太郎は依然、独り身だ。

 理由は、よくわからない。

 フラれたのかフッたのか。

 なんとなく会ってなんとなく会わなくなった。

 

「もう一回、連絡してみろ」

 はっきりしない元太郎に、父はしつこく言うが、元太郎は腰を上げなかった。

 あっちから連絡がないってことは会いたくないんだろう。そう思える。

 無理なことはしたくない。

 それが元太郎の信条だ。

 



 

  

 

 


 

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