第15話
主人公の少年の横に灰色たち三人が覆いかぶさるように立ち、少年は真っ青な顔で震えている。
「どうした!」
スタッフが少年に走り寄った。
「だいじょうぶか?」
少年は口がきけない。
「だめだよ、動いちゃ!」
スタッフが灰色たちに怒鳴った。まだ動く場面ではないのに、灰色たちが少年に近づいてしまったらしい。突然、なんの前触れもなく自分の真上に灰色たちの顔が現れたもんだから、少年は悲鳴を上げたのだ。
「あちゃー、やっちゃった」
涼くんが愉快そうに呟く。
「だいじょうぶなの?」
あちゃーなんて言ってる場合じゃないと春奈は思う。
「慣れますよ。それに悪さをするわけじゃない」
「そうかなあ」
ガタンと椅子の倒れる音が響いて、少年が教室の中を駆け出した。そのあとを、灰色たちが追いかけていく。
監督さんはじめ、スタッフたちは呆気に取られ、ただ目を丸くするばかり。
少年を追いかける灰色たちは、まさに幽霊だった。ゆらゆら揺れながら、それでも少年に負けないスピードで動く。
しかも、神出鬼没。ふわりと少年の前に現れたと思うと、サアーッと天井へ向かう。
教室内が凍り付くのがわかった。
「怖すぎる」
呟く春奈の手が根本さんに握られた。
「見てられないわ」
「ちょっと行ってきます!」
涼くんが駆け出し、教室内へ向かっていった。
涼くんが教室内に現れた。
「藤堂さん! 剣持さん! それに岩根さんも!」
涼くんが叫んだ。それに呼応して、灰色たちの動きが止まる。
「あれ? 今、涼くん、名前呼んだ?」
春奈は根本さんを振り返った。
「呼んだわね。しゅるさんの人たち、それぞれの名前があるのね」
考えてみれば当たり前だった。映画出演の採用にあたり、名前がなかったら雇われなかっただろう。
灰色たちは一様に顔色が悪く影が薄いが、たしかに個性がある。藤堂さんは丸刈りの髪型で、若いお坊さんといった風貌。よく見ると、丸くて愛嬌のある目をしている。
剣持さんは、どう見ても、この灰色たちの中で最年長。白髪だし、細長い顔。鼻は大きいが、目は伏し目がちなせいでよくわからない。
岩根さんは、明らかに女性。後ろで一つに束ねた髪が、腰のあたりまである。多分、若くはない。五十代とかそんなところ。
「困るなあ、勝手に動き回って」
ぶつぶつ言いながら、涼くんは灰色たちを連れて元の壁際へ誘導していく。
灰色たちは素直に従った。おそらく、言うことをきかないとすぐに解雇されると涼くんに脅されているんだろう。
灰色たちが静かになって、教室内は元の秩序を取り戻した。
主人公の少年には、メイク担当らしき女性が脇に立って声をかけ始めた。
気分を持ち直した少年が、背筋を伸ばす。
「リハーサル、行きます!」
一人のスタッフの掛け声で、全員が、
「よろしくお願いしまーす」
と返した。主人公の少年も、元気な声だ。
と、監督が教室内を出ていく。
「あれ? 監督はどこ行くの?」
根本さんが呟く。
「わかんない」
すると、戻って来た涼くんが、
「別の部屋で、モニターを見るんですよ」
と、今日はずっと張り付いているドヤ顔で答えてくれた。
「モニターを見ながら調節する場面を知るためなんです」
「なるほどねー」
春奈は唸った。想像している撮影とは違うものなんだ。春奈のイメージでは、監督が大きな椅子に座って、
「そこ! 違うだろ!」
とか、メガホン片手に怒鳴るものだと思っていた。
根本さんに言うと、
「わかるわー。世界のクロサワって感じでしょ?」
世界のクロサワの意味がわからなかったから、春奈はスルーした。
涼くんが胸の前で腕を組んだ。
「これからちょっと嫌なシーンですよ。別の少年が教室に入ってきて、彼を」
と、目を細める。
「いじめるんですよ」
「やあね」
根本さんが顔をしかめた。
「でも、このシーンがないと、あとで少年が復讐する理由が伝わりませんから」
映画に必要なエピソードであることは、わかる。そして、いじめ問題が見る者の心を揺さぶるであろうことも、わかる。だとしても、いじめの場面は嫌なものだ。なるべくなら見たくない。
ダダッと勢いよく、別の少年たちが教室へ入って来た。
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