第14話
「どう? しゅるさんの人たち」
駆け寄って来た涼くんに、根本さんが訊いた。
「なかなかのもんですよ。監督もすごく気に入ってくれました」
「それはよかったわねー」
「じゃ、とりあえずの仕事は見つかったってことね?」
目を輝かせる涼くんは、ほんとうに嬉しそうだ。春奈もなんだか嬉しくなる。
「立ちっぱなしですけど、あそこからなら見学してもいいって許可が出ました」
涼くんが指差したのは、校舎の一階の左端の窓だった。撮影は教室の中で行われるようだ。窓の近くには、見学者とおぼしき学生風の少年たちがたむろしている。
「で、どんなストーリーなの?」
春奈は涼くんの後ろについていく。
「ま、ざっくり言っちゃえば、いじめられっ子の少年が霊の力を借りてクラスメイトに復讐するって話ですね」
「復讐? 好きだわ、そういうの」
根本さんがはしゃぐ。
「今日のシーンはどんなところを撮るの?」
一応知っておきたい。
教室に近づいていくと、大きなライトや名前は知らないが鏡のような長方形のモノが見えてきた。まわりでは忙しなくスタッフ――多分――の姿もある。
「いじめられっ子と霊が初めて会うシーンです」
「大事なシーンだね」
よくわからないが、春奈は言ってみた。
「そうなんですよ。ふいに霊が現れて少年が驚くじゃないですか。その驚きが真に迫ってないと、後がリアルじゃなくなっちゃう」
「なるほど」
春奈が返したとき、窓の近くに着いた。
「ここからよく見えますから」
「わーっ、ドキドキする」
根本さんはそう言いながら、首元のオレンジ色のスカーフを結びなおした。人目を気にしてるようだ。案の定つま先立ちになり、
「あれが監督さん?」
と、教室の奥のほうで椅子に座っている男性を目で示す。
その監督が、よっと言うように涼くんに手を振った。年配の男性だ。黒ずくめの服装に、尖った感じの眼鏡。友達が撮り始めた映画だと言っていたけれど、なかなか本格的なのかもしれない。
「すごい、知り合いなの?」
ちょっとドヤ顔で頷いた涼くんは、
「撮影が始まったあんまりしゃべらないでくださいね」
と、素人と距離を置いたみたいな言い方をした。根本さんはうんうんと頷いて、シーッと人差し指を唇に当てる。
なんだか、あまりにもリアクションが典型過ぎて笑ってしまう。
と、教室の前側の入り口に、スタッフに連れられて灰色たちが入って来た。
怖い。
見た瞬間に、春奈はそう思った。なごやかだった教室内が、彼ら三人の登場によって、空気感が変わる。
灰色たちは、スタッフの指示どおりに、教室の後ろ、壁際に立たされた。
そうするだけで十分迫力がある。
灰色たちの背後の壁には、生徒たちが書いたものだろう、何枚もの習字の紙が貼ってある。その墨の黒い文字が、灰色たちの不気味さを増幅させるように見える。ときおり風が吹いてしっかり止めてないのか数枚の紙が揺れ、ますます怖い。
「ぴ、ぴったりの役柄ね」
根本さんが唾をごくりと飲み込むのがわかった。春奈も固まってしまった。見に来たことをちょっと後悔する。
そのとき、教室に、主人公らしき少年が入って来た。おはようございますと、慣れた様子で挨拶しながら、明るい感じで教室の中央あたりの席へ進む。
顔立ちの整った少年だ。有名俳優ではないだろうが、しっかりプロの風格がある。
その少年の顔が、怯えに変わった。
後ろの灰色たちに気づいたのだ。落ち着かない様子で、何度も後ろを振り返り、それからスタッフと何やら話す。
きっと怖すぎる、とかなんとか言っているんだろう。
教室内のスタッフたちが動き出した。
カメラを用意する者、何やらカーテンのうような大きな布を広げる者。
メイク担当の女性か、主人公の少年の髪を整え始める。
「始まるわね」
さっきまでのはしゃぎようは、もう、根本さんにはなかった。
「そうですね」
春奈も落ち着かない気分で、そっと応える。
「二人とも、緊張してます?」
からかうような調子で言われて、春奈は涼くんをにらんだ。
「緊張なんかしてないよ、出演するわけじゃないんだから」
「そうよ。ただ、しゅるさんの人たち、うまくやれるか心配になっちゃって」
根本さんが
「わかります。でも、だいじょうぶ。セリフもありませんし、助監督の言うとおりにするようにと言ってありますから。
灰色たちは、素直にはいと言ったのだろうか。
言ったんだろう。そうでなきゃ、仕事にならない。
だが、事はすんなり運ばなかった。
「うわぁあああああ「」
と、主人公の少年が叫び出したのだ。
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