第12話

「で、どうなったの?」

 

 今日の話の顛末を話すと、マルはあんまり興味がなさそうに訊いてきた。

 工場の帰りにスーパーに寄り、今夜は春奈が夕食の準備をしている。


「だからあ、まずは面接ってことになったの」

「そっか。合格するといいね」

 マルは隣に立って、洗ったキャベツを刻み始める。春奈が準備する日も、マルはなんかしら手伝ってくれる。

「でもねえ、映画のエキストラはともかく、鉄工所で機械を扱うとか居酒屋でビールを運んだりができるとは思えないんだよねー」

「そんなことないよ。誰だって初めてだったら最初は戸惑うだろうけど、すぐに慣れるもんだよ」

 そういう問題じゃない。

 春奈はフライパンの中で焼けた肉を乱暴にひっくり返した。


 そもそもマルは、初めてしゅるさんの家に行ったときの話も、あんまり真面目に聞いてくれなかった。いや、真面目には聞いてくれたのだが、しゅるさんのところで会った「灰色たち」について信じていないのだ。

 工場のアルバイトでいっしょに働くしゅるさんという女性の家に行き、しゅるさんと同居している五人の人たちと会った。そう理解している。

 ま、当然の反応だとは思う。

 常識人なら、林に潜む幽霊が仕事を探しているなんて信じないだろう。春奈自身、どこかで灰色たちは幽霊なんかじゃないと思っているところがある。


「わたしも協力すべきだとは思ってるんだけどね」

 涼くんも真坂さんもチュンさんまで動いてあげているのに、何もしない自分がちょっと後ろめたい。

「協力?」

「そう。探してあげなきゃって」

「あてはあるの?」

「ないけど」

 春奈はこの界隈の生まれじゃない。他県との県境にある町の出身だ。自分が働く場所にさえなんのツテもなかったのに、他人の就職の斡旋なんてできるはずない。近所付き合いもいいほうじゃないから、世話好きそうなおじさんおばさんの知り合いもいない。


「選挙が始まったらさ、アルバイトの募集があるにはあるけど」

 マルは市役所の総務部で働いている。役所には選挙管理事務所があり、そこの仕事も総務部の管轄のようだ。

「選挙か。今度の秋でしょ?」

「ちょっと先すぎるね」

「どんなことするの?」

「役所が募集するんじゃなくて、議員事務所が募集するんだよ。多分、雑用だとは思うけど」

「雑用って?」

「事務所で支援者さんにお茶を出したり、街頭演説のときはまわりで公約を書いたビラを配ったりじゃないかなあ」

 無理無理。

 春奈は首を振った。

 ふわふわ陰気な灰色たちが、演説する議員の横で立ってたら、票が逃げちゃうよ。


「あ、焦げてるよ!」

 フライパンの中の豚肉が、すっかり茶色になってしまった。



 春奈の杞憂をよそに、ほどなくして灰色たちの仕事が見つかった。

 マルと話をして二日後だ。春奈は仕事に入る前のロッカールームでしゅるさんに呼び止められた。


「――春奈さん」

 ふいに後ろから声をかけられて、春奈は飛び上がるほど驚いた。

「あ――おっはようごっざいますっ」

 もう作業着に着替え、衛生帽子までかぶっている。

 ゆっくりと、しゅるさんの頭が下げられた。

「ありがとうございました」

「へっ?」

「うちのものたちの仕事……」

「あ、ああ。決まったんだ」

 しゅるさんが頷く。

「よかったですね。どこに決まったんですか」

「映画に出演するものと、鉄工所と居酒屋に」

 消え入りそうな声で続ける。

「すっごい。そんなに?」

 涼くんもチュンさんも真坂さんも、きっちりまとめてきたわけだ。


「長い間――」

 春奈はごくりと唾を飲み込んだ。こんなに長くしゅるさんと話すのは初めてだ。とても緊張する。

「仕事を探していましたが、どうしても見つかりませんでした。同じ仲間として、なんとかしてやりたいと思っていたんですが……」

 同じ仲間?

「あの――あの方たちとはどういう関係」

 わけがわからないといった目が、春奈に向けられた。

「ご家族ですか?」

 そんなわけないと思う。雰囲気は似ていたが、兄弟、姉妹には見えなかったし、まして親子関係という感じでもなかった。

 しゅるさんが何も言わないので、春奈は続けて訊いた。


「いっしょに暮らしてるんですよね?」

 そう言って、ハタと思いついた。

 シュアハウス? 

 林の中のあんなみすぼらしく不気味な家でルームシェアしているとは思えないし、

そもそもシェアハウスなんてこの町で聞いたことはない。雑誌でしか見たことない。都会にしかないもんだと思う。

「いっしょにいます、長い間」

「――長い間」

 ぞっとした。

 

 しゅるさんたちってやっぱり……。

 

 そのとき、ロッカールームに誰かが入って来た。しゅるさんが春奈の前からスッと立ち去るのと同時だった。

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