第10話

 しゅるさんのほうがみんなより仕事ができる。

 

 その事実に行き当たると、春奈も根本さんに賛同したくなってしまった。

「仕事っていっても、それぞれ合う合わないがあるだろうけど、探してみる価値はあるかもね」

「そうよお。あたしだって、小難しいお金の計算とか嫌だから今の職場にしたんだし」

 そんなこと考えてたんだ。

 春奈はあらためて根本さんを見た。ただ家から近いから紅八馬で働いていると思っていたけど。

「日本にはいい仕事、たくさんありますよ」

 チュンさんが甲高い声で言った。

 チュンさんは結婚する前、ここから数キロ先のレタス農家で働いていた。一生懸命頑張っていたらしいけど、たまたま町でレストランをやってる人に声をかけられて、こっそり夜だけそのお店で働いた。そこで、いろんなお客さんと知り合い、日本のことをいろんな意味で知るようになったという。いい仕事があるというのは、そこで得た知識なんだろう。

 今、チュンさんは、レタス農家の仕事も夜のアルバイトもやっていない。二つの仕事を掛け持ちしているのが役所の人にバレて大騒ぎになり、国に帰らなきゃならなくなったところ、今の旦那さんと知り合って結婚したのだ。


「ね、真坂さん。コンビニとかどうかしらね。真坂さん、新垣あらがきのコンビニで働いていたことあったって言ってたわよねえ」

 根本さんが真坂さんに顔を向けた。新垣は国道沿い辺りの地名だ。

「そうだなあ、いつだって募集はしているだろうけど」

「口利いてあげてよ」

「無理だよ。あんまりいい辞め方しなかったんだから」

「そうなの?」


「この人たちに、コンビニが合うかどうか問題じゃないですか」

 涼くんが口をはさみ、影のようにたたずむモノたちを振り返った。

「それぞれ向き不向きがあるし、本人の希望だって聞いてからじゃないと」

 たたずむモノたちが、瞬間揺れたように見えた。それも同じ方向に。

 ほんとに、それぞれ個性なんかあるんだろうか。たしかに、目が慣れてみると、影たちに男性と女性がいるのはわかる。顔だってはっきり違う。

 だんだん見慣れてきた。

 ほんとに人間というのは不思議なものだと思う。なんでもすぐ慣れるんだから。

「そうね、十把一からげってわけにはいかないわよね」

 根本さんがふうとため息をつくと、チュンさんが、

「ヒトカラゲ?」

と、怯えた目になった。妖怪か何かの名前だと思ったのかもしれない。


「こういうのはどうでしょうかね」

 涼くんがみんなを振り返る。

「僕らで分担して仕事を見つけてあげるってのは」

「分担?」

 春奈が訊くと、涼くんは大きく頷いた。

「このしゅるさんの知り合いの方々をいっしょに雇ってくれるところはなかなかないと思うんです。だから、僕らが分担して見つけてあげれば。実は僕、ちょっとアテがあるんですよ」

「え、何? なんの仕事?」

「友達が撮り始めた映画で、幽霊が出る場面があって」

「え」

 春奈は絶句した。それはぴったりかもしれないけど。

 本物が出るってどうなんだろう。


「いいじゃない、それ」

 根本さんがパチンと胸の前で手を叩いた。真坂さんも、

「それだったら、全員いっしょに出れるんじゃないの?」

と賛成する。

 と、チュンさんが、

「そういえば、うちの旦那さんの知り合いでも従業員を募集してるところがあります」

「なんの仕事?」

 根本さんが訊く。

「多分、鉄工所です」

 灰色たちがまたふわりと揺れた。今度は嬉しくて揺れたのかもしれない。なんとなくさっきまでの揺れ方とは違う気がする。

 

 春奈は改めて、灰色たちを見た。

 今、部屋の中にいる灰色たちは、この家に案内してくれた男も含めると、五人。いや、五体か。


「えっと、映画の撮影に来てもらいたいのは」

 涼くんからはすっかり怯えが消えている。ほんとうに映画が好きなんだな。

「こちらの方とこちらの方」

 涼くんが、灰色たちを指差した。指差された灰色は、ひゅるると脇に避ける。

 残った灰色たちは、気の毒なくらいしょんぼりして見えた。


「チュンさん、その旦那さんの知り合いに頼めない?」

 根本さんはすっかり采配している。

「旦那さんの知り合いの鉄工所は、一人しか募集していません」

「じゃ、そちらの人はチュンさんにまかせて」

と、根本さんは灰色の一人を指名した。

「で、残りの方々は――」

 そして根本さんは、真坂さんを見た。

「なんとか探してきてあげてよ」

 真坂さんは戸惑った表情で頷いた。








 

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