第6話
「真坂さん!」
通された部屋に入った途端、涼くんの叫び声が響いた。
涼くんは八畳ほどの部屋の小さなテーブルを前に座っていた。テーブルの上にはマグカップが見える。どうやらお茶を出されていたようだ。
「ああ、よかった」
「心配したのよ」
「急に走って行っちゃって!」
それぞれが涼くんとの再会を喜んだ。誰もが不気味なモノを見たことを口にしなかった。このままなかったことにしたい。多分、春奈だけでなくみんなそう思っているんだろう。
「すみません、なんせ、無我夢中で。嬉しいです。まさか迎えに来てくれるとは」
だが、涼くんの顔色は冴えない。
「ほっといて帰るわけないだろ」
真坂さんがほがらかに応えた。といっても、真坂さんもみんなと同様、部屋の入り口に突っ立ったままだ。
「で、出ましょう」
涼くんが立ち上がった。慌てている。
「どうかした?」
根本さんが訊いた。
「ここの家の人にお礼を言わなきゃ」
「いいんです、とにかく」
「いいんですって、あんた失礼よ、助けてもらって」
根本さんという人は、どこまでいっても日常を忘れない人だ。涼くんの言うとおり、さっさとこの家を出たほうがいいんじゃ。
「お茶を持ってきました」
背後からの低い声に、全員がいっせいに振り向いた。
テーブルは四人掛けで、人数に足りない。涼くんが立った。
「僕は立ったままでいいんです」
すぐにでも逃げ出す用意をしているように、涼くんは頑なに立っているという。
それならと、のろのろと残り四人が席に着くと、マグカップに入れられた飲み物が、この家の男によってゆっくりと置かれた。
「ど、どうも」
春奈は頭を下げながら、落ち着かなかった。
この状況が理解できない。
不気味なモノは確かに見た。それから逃げた涼くんを探してここにたどり着き、そしてなぜかお茶に招かれている。
マグカップの中身は、濃い緑色だった。湯気も立っている。この季節だが、今は冷たいものは飲みたくない。飲めない。じゅうぶん、寒気がしている。
「どうぞ、お召し上がりください」
男はそう言うと、静かに、これ以上ないくらいひっそりと部屋を出て行った。
「しゅるさんのこと、訊いたのか?」
真坂さんが、脇に立つ涼くんを見上げた。
「き、訊きました」
「で?」
「びっくりしないでくださいよ」
真坂さんの肩が盛り上がった。これ以上驚かされるのか。そう思ったんだろう。
「住んでるらしいんです、ここに、しゅるさん」
「なーんだ」
真坂さんの肩がストンと落ちる。
「そうか、住んでるのか」
ちっとも安心材料にはならない。
「家がわかった」
チュンさんも励ますように言う。
「会ったの?」
根本さんが持ってきた手土産をテーブルに上げた。
「会ってません。今、出かけてるらしくて」
「なんだ、そうなの」
まさかこの人、まだ手土産を渡す気?
「家もわかったんだし、目的は達成したわけだから、早く帰ろうよ」
これ以上、ここにいたくない。春奈はみんなの顔を順に見た。
「でも」
根本さんが何か言おうとしたとき、スーッと、まるで壁から浮き上がったかのように、さっきの男が現れた。
「きゃっ」
叫んでしまって、
「ご、ごめんさい」
と春奈は謝る。
「お茶のおかわりはどうですか」
みんなの視線がテーブルの上に落ちた。誰もマグカップに口をつけていない。
「いや、失礼しますよ。涼くんも見つかったことだし」
真坂さんが中腰になる。
「そうです、帰りますわたしたち。夜も遅いし」
チュンさんが勢いよく立ち上がった。そうだ、今、何時頃なんだろう。春奈は家で待っているマルを思い出した。まさかこんなことになっていようとは夢にも思っていないに違いない。
こんなこと――。不気味なモノを見てしまって、不気味な家でお茶を飲んでいること。
「わあああぁぁぁぁ!」
涼くんが叫んだ。
「な、なによ!」
春奈は怒鳴った。もういい加減、怖がらせるのはやめて欲しい。
「あ、あそこ、あそこ」
涼くんは部屋の隅を指差している。
部屋の隅に人が立っている。
しゅるさんだった。
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