第5話

 前方の小屋から、依然光は漏れている。ちらちらと風に揺れながら、光はこちらを誘うように瞬いている。

「とりあえず、あの家に行ってみよう」

 真坂さんの提案に、全員が同意した。もしかすると涼くんが逃げ込んだかもしれないのだ。


 家に近づくにつれて、全体像がはっきりしてきた。遠目では掘立小屋にしか思われなかったが、案外ちゃんとした建物の体をなしている。

 窓にはカーテンらしき影も見えるし、なんと家のドアの前には植木鉢まである! 

 チュンさんが細い懐中電灯の光を当てると、弱弱しい青い花が浮かび上がった。


「表札がある!」

 根本さんが指差した。

「ほんとだ」

 春奈は近づいて表札の文字を読んだ。

「なんて読むのかな……」

 東京都の都に、留まるの留。見たことない苗字だ。

「とどめ、かなあ」

 後ろから真坂さんが呟いた。

「じゃ、しゅるさんの苗字じゃないよ」

 春奈はびっくりした。

「根本さん、しゅるさんの苗字を知ってるんですか?」

「知ってるわよ。同じ職場でほぼ毎日顔を合わせてるのよ。知らないほうが変じゃない」

 それもそうだが。

「なんていうんですか」

「小林よ」

 なんとまあ、普通。

 急にしゅるさんへの怪しい疑いが晴れてきた。同時に、怖いもの見たさみたいな興味も萎んでいく。

 となると、こんな真っ暗な林の中で、いったい自分たちは何してるんだろうと思えてくる。


「ここがしゅるさんの家じゃないにしても」

 玄関とおぼしき正面のドアに、真坂さんが向かっていった。

「涼くんが来なかったか、この家の人に訊いてみよう」


 誰ともなくうなずき、真坂さんの懐中電灯の光の筋にしたがって後ろに続く。

「すみません――どなたかいらっしゃいますか」

 真坂さんが声を上げたが、返事はない。

「ドアを叩いてみれば?」

 チュンさんが言った。

 そうだねと、真坂さんがドアを叩いた。

 トントン。

 やっぱり返事がない。


「いないのかもね」

 真坂さんが振り返った。その拍子に懐中電灯がこちらに向けられる。

「や、やめて、まぶしい!」

 根本さんが怒った。

 と、

 真坂さんの表情がひきつった。その形相は、下からの光のせいでものすごく怖い。


「ど、どうしたの、真坂さん」

 春奈は訊いたが、真坂さんの視線を追う勇気は出なかった。真坂さんは、明らかに春奈たちの後ろを見ている。

「あ――、あ」

「な、なによ?」

 根本さんが言う。

「こ、こんにちは」

 真坂さんが呟いて、みんなでいっせいに後ろを振り返った。


 人が立っていた。

 痩せた男性。

 年齢はいくつぐらいか、春奈にはわからなかった。年をとっているともいえるし、若いともいえる。立ち方が変なのだ。まるで天からぶら下がっているかのように佇んでいる。

 

「こんばんは」

 低い、静かな声だった。

「こ、こんばんは、ですね、今なら」

 真坂さんが取り繕うように笑ったが、相手は表情を変えなかった。頬骨の張った顔に、長い前髪がばさりと落ち、その髪の奥で細い目がじっとこちらを見ている。


「何か、御用ですか」

「い、いやその。我々の仲間を探して――」

「仲間?」

「そうです。林の中を探索してたらですね、急にいなくなってしまって」

「探索……」

「み、見かけませんでしたか、若い青年。背はあんまり高くなくて痩せてます。服装は」

 真坂さんが、困った子どものように、春奈に顔を向けた。

「どんな服、着てたっけ?」

「あ、青いTシャツ」

 しどろもどろになってしまった。こっちに話を振らないで欲しい。


 ふいに、にゅうっと男の手が伸びてきた。

「わっ」

「きゃっ」

「ぎゃっ」

 女三人がそれぞれに叫び声を上げた。

「中にお入りください。さっきここに来ました」


 ギイイーッ。

 この場にふさわしい音を立てて男がドアを開けた。

 


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る