黒寄りグレー色歴史

@Kikui-Nono

第1話

私は食パンの耳が好きです。そう、あの茶色くてちょっと固い感じの部分。小麦の香ばしい感じがして私は一番おいしいと思っています。

同様にコッペパンみたいな丸い感じの形をしたパンの、照りっときつね色に焼けた部分も好きです。つまり外側ですね。私はこれを勝手にパンの皮の部分と呼んでいます。


私はパンを食べるときはいつも、このパンの皮の部分を残し、白い中の部分を先に食べていました。もちろん残した皮は最後に食べます。

食パンも同様で、白い部分だけ食べた後、耳を最後に食べていました。


しかし、家でこういう風にパンを食べると、決まって母は言いました。

「その食べ方やめた方が良いんじゃない?恥ずかしいよ?」と。

当時の私は”人の食べ方になんでケチをつけるんだろう、そんなの個人の自由じゃないか”と、そう思っていました。しかしながら、母の言うことは全くもって正しいことでした。


なにせ、中途半端に食べ物を食べて特定の部分だけ残して最後に食べるというのは単純に”汚く”見えるのです。

しかも私はパンの皮に白い部分が少しでもついていると、我慢ならず、徹底的に取り除こうとしました。指でちぎるのにも限界があるため、場合によっては少しずつ、舐めるように食べていたのです。汚いし、なにより食事のマナーとしてはとても良くないものでした。


しかし、私にとっては、これが最も美味しくパンを食べる方法でした。

私は、一番おいしいものを最後に取っておいて食べる派だったのです。

だからこそ、この食べ方は、少なくとも私の中では合理的だったし、一番美味い食べ方だったのです。


それに、仮に汚い食べ方だったとしても、それを外でやらなければいいだけの話だと思っていました。

母はそんな私に半ば諦めるように、

「家の中で、そういうことをやる癖がつくと、外でもやっちゃうよ」

と言いましたが、当然ながら私は軽く流すだけでした。


と、ここまでくれば、この後何が起こったか、予想に難くないでしょうか。


そう、私は見事、母の言う通りに、学校の給食の時間で全く同じ食べ方をやってしまったのです。


その日の給食は丸パンでした。みんな話しながら食べていて、私はいけると思ってしまったのです。パンの皮だけ残して食べても大丈夫だと。

前に同じ食べ方をしてしまった時、誰にも気づかれなかった事も、それに拍車をかけました。


私はこっそりパンの白い部分だけを食べ、皮を給食トレイに置いておきました。それが仇となったのです。


私の斜め前の席に座っている男子生徒が、私のトレイを見て、あれ?と不思議そうに声を出したのです。


「久々井、何かパン残してね?」


久々井というのは私の苗字です。突然名前を呼ばれたことに焦った私は、「アッ、えっえッと」ともにょもにょ意味のない言葉を呟きました。


「あ、なんか外側だけ残してんじゃん」

「本当だー」

「え、何で?食べ方変じゃね?(笑)」


周りのクラスメイトも気づき始め、私には逃げ場がなくなりました。その時頭に浮かんできたのは、"恥"の1文字。

どうしよう。何か言わなくちゃ。でも、何を?


私は頭が真っ白になりました。


それを最初に指摘した男子生徒は、確か三島といいました。三島くんは、どちらかと言うと、クラスのリーダー格で、友達が多く、

机で絵を書いている人がいたら、  


「うわ、絵うま!」


と言ったり。

本を読んでいる人がいたら、


「何読んでんの?○○?へぇ〜」


と言ったり、全く話したことのない人にも躊躇いなく声をかけるような人でした。

三島くんは少し面白がるように、


「あ、もしかして嫌いだから残してんの?」


と言いました。

周りの生徒も、


「あーなるほど?」

「へー」


と同意を示すように頷きます。それなら納得できると言うことでしょう。

ここで頷いておけば、私は変な食べ方をしている人ではなく、単純に苦手なものを残している人として認識されていたに違いありません。

しかしながら、私には、とっさに嘘をつくということができませんでした。

話題を振られて、反射的に


「え、…や、違う、かな…?」


と答えてしまったのです。


「え?じゃあなんで残してるの?」


三島くんが言いました。当然の疑問です。

しかしながら、パンの皮の部分が好きで、一番最後に食べたいから残していると言えるはずもありません。そんなことを言ってしまえば、目立たない地味な人から、急に語り出した変な人になってしまいます。


「え、はは、えっと…ハハ」


私は愛想笑いでごまかすのが精一杯でした。三島くんも「逆に好きだから残してるとか?」と笑い、私はそれに反応できず、トレイの上のパンの皮を、ぐしゃりと握りつぶしたまま食器の裏に隠しました。三島くんは、それで興味を失ったのか、その後は隣にいた男子生徒と最近話題のゲームの話をしていました。


私は真っ赤になる顔を見せないように、必死に下を向きながら、給食を食べました。


給食の時間に、こんなふうに注目を浴びたのは初めてでした。皆んなが、私が変な食べ方をしていたことに驚き、そして一瞬過った、嫌悪や幻滅ともつかない、こちらに対する線引きのような声を、その空気を。

私は初めて知ったのです。


それ以来、私は丸パンを食べる時はそのまま食べることにしています。とは言え、給食以外で丸いパンを食べる機会なんて、家以外ではそうそうありません。

なんとなく、苦い記憶として残っているのですが、もう覚えていなくてもいいような気もします。


けれど、食パンの耳は今でも残して最後に食べてしまうので、やっぱり覚えていたほうがいいのかもしれません。

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