第2話
あれからしばらくして意識を取り戻すと、壊れた天井からうっすらと光の差し込む教会に寝そべっていた。
どうやら転生そのものは完了したらしい。
すぐさま建物に備わった朽ちかけの窓ガラスで容姿を確認したところ、肉体は見ず知らずの十五歳くらいの青年に変化しているようだった。
ちなみに黒髪黒目。
転生といってもよくある赤ちゃんスタートではなく、神様の力でこの世界に突然生まれたという形なのかもしれない。
同じく神様の力によるものなのか、自分の前世の顔と名前は思い出せないが、日本人顔と比べて堀が深いので、ちょっと違和感がある。
その後いろいろとスキルの確認をしたり、周りの状況を確認したりで半日を費やしながらも考察を進めていく。
ちなみにこの建物、中世にあるような石で出来ている感じの荘厳な大教会じゃなくて、ちょっと大きめの別荘にステンドガラスと祭壇をひっさげたような木造建築。
ボロいのはおそらく、この建物に手を回せるだけの余裕が人類にないからだと思われる。
なにせ周囲には人っ子一人いないのだもの。
たぶんスラム街とかそういう、破棄された区域なのだろうと予測される。
とはいえ、いまのところこの木造教会に人が訪れる様子はないが、いつまでもこうしている訳にはいかない。
時間は有限だ。
とりあえず現時点で分かったことを整理していこうと思う。
まず失ってしまったと思われる、自分の名前について。
試しに思い出そうとはするのだが、そもそもそんなの存在していないかのように前世の自分への執着心が沸かない。
深く考えることができない。
ホームシックにならずに済みそうではあるけど、まるで自分が自分ではないみたいで少し恐ろしくはあるかな。
ただあの神様のことだから、精神をいじりまわして副作用がでるということもないだろう。
そんなところで失敗するような無能な神様には思えない。
なので一旦自分のことについてはここで切り上げ。
名前は適当に、名前も顔も思い出せない天からの使いということで、ナナシエルとでも名乗ろうか。
ふむ、この世界において俺にぴったりの名前だ。
これでいこう。
でもって、次は神様によってこの世界に降り立った周囲の状況についてだ。
どうやらこの廃教会の外周はスラムと化していて、前述のとおり人の気配はない。
ただ教会の雰囲気から、直近まで生活していた痕がいくつか発見された。
奇麗な水が入っている飲みかけのコップであったり、清潔な絨毯だったりと。
建物としてはボロボロであるが、手入れはされているようである。
もしかしたら、もうすぐ人が戻ってくるのかもしれない。
なにせ周囲の調査やスキルの検証、考察を始めてから半日も経っているし。
そうそう、スキルといえば大事なことを忘れていた。
神様から受け取った俺のスキルについてわかったことがいくつかある。
といっても、力を授かる時にどのような能力にするかという方向性は決めていたので、特に新発見があったわけではない。
ただ、その細かい仕様が理解できただけだ。
まず一つに、異世界における俺の生命線といってもいいこのスキル【英雄ツクール】の概要について。
このスキルは名前の通り人類を救うために英雄を量産するトンデモツールな訳だが、対象となる存在は人間だけではないらしい。
実験的に試してみたところ、魂の宿った生き物や想いの籠った物ならスキルの対象であることが直感的に分かった。
祭壇に飾られている朽ちかけの模造剣を視界に捉え、力を行使してみようと考えて「強くてカッコよくなれ!」と睨んだら突然輝き青白い水晶のような透明感を持つ、宝剣のようなクリスタルソードと化してしまったのだ。
正直やっちまった、これどうしようと思ったが後の祭り。
やってしまったものはしょうがない。
もう元には戻らないのだから。
どうせだから他のアイテムも覚醒させられないかなと睨みつけるが、ウンともスンとも言わないので、たぶんあの元模造剣だけが特別だったのだろう。
まだ検証は足りないが、スキルの感覚からして対象となる条件はおそらく【込められた想い】。
それは信仰心でもいいし、復讐心でもいいし、情熱でもなんでもいい。
そういった生き物の魂が生み出すナニカを強く宿しているものだけが、このスキルの対象となるらしい。
俺が神様に頼んだのはあくまでも【英雄を創造する能力】だ。
人間にしろ、動物にしろ、虫にしろ道具にしろ。
そこに英雄に相応しい想いが無ければ、スキルの対象とならないのだろうということがよくわかった。
たぶん、これが神様の言っていた魂の器ということなのだろう。
神様の神聖を受け止められるだけの
あとは相性もありそう。
というかこれが一番大きそうだ。
たぶんだけど、この力は神様の狙いと相性のいい存在以外には適用されない。
魔王たちに対抗するために授けると神様が決めた力なのだから当たり前だ。
力そのものにも退魔の力とか、もしくはより人間らしさを求めた結果とか、神様の強大な力を受け継いでも魔族を滅ぼさない程度にはやる気のない男とか、そういう理由が宿っていそうなんだよね。
魔族と人間のバランスが大事であり、現在は偏り過ぎているといっていたことからも明白。
強いだけなら、それこそ最強の勇者を生み出せばいい。
でもそれは最終的には悪手だとして、俺が選ばれた。
ということは、そういうことなのだろう。
神様の予想では、戦うとか、魔族を滅ぼすとか、そういうのだけでは解決できないほどバランスが崩れているのだ。
そして下手にそのバランスを崩してしまうと、魔王たちが本気になってどちらかが亡ぶまでの大戦争になる。
そして、世界は亡ぶ。
うん、わかりやすい。
というか。
そういった相性の問題がなければ、いくら過労死するほどに前世を頑張ったとはいえ、俺が選ばれるわけがない。
そんな偉大な人物じゃないからね、俺は。
「つまり気楽に力を使ってもいいよってことね」
神様の狙いと相性がいい相手、それすなわち、俺とも相性がいいということだ。
そうでなければ神様の計画が狂うから。
であれば、ある程度は適当にスキルを振りまいても、下手なことにはなるまい。
というか、そんな資格を持つ者がどこにいるのか、それを探す方が苦労しそうだ。
それに資格を持つ者を見つけたとしても、 どのような方向性でスキルを行使するかは考え物だけどね。
せっかくスキルの対象になった模造剣だって、俺がカッコよくなれとイメージして能力を授けたばかりに、超カッコいいだけのクリスタルソードになってしまったし。
まあ、これは強い剣である、とイメージしてスキルを行使したから下手な剣よりも強靭ではあるとは思う。
たぶん鋼の剣よりはずっと強い。
とはいえ、それ以外に特別な追加効果はない、鋭く頑丈なだけのクリスタルソード。
模造剣に込められた想いの九割以上を、カッコよさとして消費してしまったからだ。
「そうと決まれば、次は俺の魔改造に移るか……」
生物に試すのは初めてではあるが、俺自身も【英雄ツクール】の対象であるとスキルが告げている。
俺は自身の素質のほぼ全てを神様から授かったスキルに消費されてしまっているが、それでも俺と相性の良い、俺だけのために神様が調整した力の行使だ。
魂に残ったカスみたいな素質でも、それなりに強化ができるとスキル自身が告げている。
さて、どういうイメージで魔改造しようかね……。
ここは生活感がある廃教会だ、もうすぐここに住まう人が帰ってくるかもしれない。
いきなりお邪魔している俺を警戒するかもしれないし、戦いにだってなるかもしれない。
なにより魔王たちに世界の九割以上を支配された物騒な世の中だ。
ある程度戦いを想定したリソースの割り振りをしなければならないだろう。
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