天使ナナシエルの異世界放浪旅~神様に戦力差十万倍の魔族から人類を救ってこいと言われたので英雄を量産することにしました~

たまごかけキャンディー

第1話




 日も沈みかける時間帯。

 ステンドガラスから差し込む夕日に照らされた高めの祭壇の上で、気取ったしぐさで腰掛ける俺ことナナシエル。

 その瞳はうっすらと青く輝き、背中には幻想的な光の翼。


 それだけならば、夕日の光が起こした奇跡、光の反射による目の錯覚で誤魔化せたかもしれない。


 だがよくよく観察をすると、何かがおかしいことに気づく。

 ……そう、高さがおかしいのだ。

 まるで自然体とでもいうべき形で祭壇のに、見えないナニカへ腰掛けるにように足組みをして浮遊する一人の青年。


 その姿は、まごう事なき神話。

 天使そのものであっただろう。


 そんな見た目だけは圧倒的なカリスマ性を誇る天使おれの前に、一人の老人が姿を現した。


「…………神、か?」


 老人はボロボロのマントを纏い、右腕は欠損。

 そして何より歴戦の戦士を思わせる筋骨隆々の身体に、戦場で得たであろう数多の傷を負っていた。

 いまにも砕け、役目を果たし終えそうなブロードソードの柄に手をかけ、こちらを警戒しているようだ。


 しかし顔だけは驚愕に染め、この光景がいったい何なのかを吟味している。

 だが、それは警戒心というよりも、奇跡を目の当たりにした驚愕や興奮、これが本当に現実であるかどうかの確認の方が近いだろうことが、看破の能力によって伝わってくる。


 よし、順調だ。

 ここからが見せ所、正念場だぞ俺。

 イメージした通りのキャラ作りと背景設定を通す。


「あははは。神ではないですよ、残念ながら。……ですが少なくとも、この世の存在ではないかもしれません」

「…………ッ!!」


 神と称した満身創痍の老戦士に対し、それを否定。

 だがしかし、神と同じようにこの世界の存在ではないと伝える。


 その言葉の裏にあるのは、神に連なるナニカであるという答えだけ。

 では、いったいこの目の前の俺の正体とは何なのか?






「起きろ」


 ……ん?

 なんだ、やけに体が軽い。


 大学を卒業して早三年。

 無事に就職できたはいいものの、襲い掛かる仕事の山と残業で、睡眠時間を削りに削って既に俺の体調はボロボロだったはずだ。


 タスクに対するスケジュール管理ができていないと言われればその通りだが、とにかくそういった経緯もあり、体が軽いなんてことはここ最近経験してなかった。


 なのに、いまはやたらと体調が良い。

 いや、体調だけではなく、精神的にも全てが充足している感じがする。


 そう、まるで天国にいるような……。


「ん? 天国?」

「起きたか……」


 いや、まて。

 ここはどこだ?

 そしてこの声の主は誰だ?


 だだっ広い白い空間にただ一人、ポツンと立っている厳めしい顔つきの老人を前に、俺は茫然としていた。


「あの~。すみません、ちょっと記憶が曖昧なのですが、あなたは……?」


 分からない時は、えくすきゅーずみー。

 ついでに、ふーあーゆー。


 うむ、コミュニケーションの基本だな。


 目が覚めたら体調万全の上に見知らぬ超常空間に取り残され、何やら後光が差している老人が対面にいる状況から、色々と邪推できるところが無くもない訳だが……。

 そう決めつけるのはまだ早い。


 俺がもう、し、ししし、死んでいるなんて、まさかなあ~。

 そ、そそそ、そんなことあるわけ……。


「うむ。お前の想像している通り、ここは生と死の狭間の世界であり、私は神だ。お前の命も既に現世には無い。死因は過労死だな」

「あちゃ~……」


 おいおい、勘弁してくれ。

 本当に死んじゃってたよ。

 ごめんオフクロ、オヤジ。

 先に旅立つ息子を許してくれ……。


 と、そう思ったのも数舜。

 なんらかの力が働いているのか、憂鬱な気持ちはすぐに鳴りを潜めて、じゃあ次は異世界転生でもするのかなどと悠長な考えが浮かび始めていた。


 きっと、いや間違いなくこの神を名乗る爺さんが気を利かせてくれているのだろう。

 でなければ、この前向きな精神に説明がつかない。

 厳めしい顔つきではあるが、神を名乗るだけあって善なる存在であることは間違いなさそうだ。


「想像している通り、これからお前には特別な役目を与える。悪いが、これは強制だ。私の神聖を受け止められるだけの魂の器、つまり適性を持った人間を厳選した結果なのだ。許せ」

「はあ……」


 許せ、かあ……。

 気の抜ける返事をしたが、たかが人間に対して神様が下手に出て頼むってことはよっぽどだろう。

 神様からはわりと後がないような雰囲気を感じる。

 でなければ、たがかムシケラたる人間に何かを強制なんてしない。


 もちろん神様は俺のことをムシケラとは見ていないだろう、なにせ根幹が善性の存在だろうし。

 だが、存在としての格は人と虫、いやそれ以上にかけ離れているはずだ。

 この感覚は、そう間違ってもいないだろうね。


 しゃあない。

 腹くくるか。


 そうして神様の提案を受け入れると、覚悟した俺を見て事情の説明に入った。

 なんでもこれから俺が向かうとされている異世界では、数多の魔王が人類領域を侵略し続け既に絶望的に世界のバランスが崩れてしまっているのだという。


 人類の生存圏など一割未満。

 魔王たちと人類の戦力差約十万倍。

 下手に勇者を投入したぐらいじゃ焼石に水。

 むしろ人類滅亡確定。

 舐めプ様子見状態の魔王たちを刺激する方が下策。


 などなど。

 もうほんと絶体絶命、世界終了カウントダウンに入ってますと言わんばかりの劣勢であった。


 いや、神様が言うには魔王や魔族、魔物たちも異世界の理の一部なので劣勢とか優勢とかではないらしいが、とりあえず人類との均衡、バランスが崩壊しているのは確かのようだ。


 そこで神様は考えた。

 勇者という超越者もダメ。

 このまま放っておいてもダメ。


 ならもう仕方ない。

 自分の神聖を受け入れられるだけの器に力をぶち込んで、最後の一手に興じてみようと。

 どうせバランスなどもう壊れきっているのだ。

 これ以上のバランス崩壊などない。


 この世界が滅びるか、持ち直すか。

 生きるか死ぬか。

 あとは野となれ山となれ、という思考らしい。


 おいおい投げやりだなぁと思わなくもないが、さすがに戦力差十万倍で生存域一割未満じゃそうなるよなと、ちょっと思った。

 確かにちゃぶ台返しするくらいの劇薬を投じなければ、もうどうにもならん。


 これでダメなら、残された手段は神様が一から手出しをして世界を作り直すくらいじゃないかな。

 まあそこまでいったら世界をリセットする方が早いと言われたけどね。

 さもありなん。


「せめてもの詫びだ。受け取る力の方向性はお前が決めるといい。望んだ力を授けよう」

「う~ん。望んだ力、力ね……」


 といっても、勇者とかいう超越者をぶち込んでも魔王たちを刺激するだけで悪化するような世界でしょ?

 んじゃあ、いくら俺が強力な個体になったからって、そもそもどうにもならないと思うんだよね。


 ……それに、俺はもう前世で過労死したように、働き過ぎて前のめりに死ぬなんて経験はしたくない。

 できれば望むのは棚からぼた餅。

 不労所得のような形で楽に成果を上げたいのだ。


 ……となるとだ。


「決まりました」

「分かった。ではその望みを叶えよう。向こうの世界を頼んだぞ」

「うい~。任されました~」


 そうこうして、俺は望んだ力を手に異世界へと旅立つのであった。

 世界を救う、……かもしれない力。

 凡人を英雄に作り替える奇跡、スキル【英雄ツクール】と共に。


 まあ、こう言っちゃなんだけど。

 自分たちの世界なんだから、本当に頑張るのはその世界の民だよね。

 やはり戦争っていうのは数の暴力だよ、神様。



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