第1章 最悪の出会い vol.4

ポラリズのメンバーは、そのほとんどが高校生、すなわち未成年のため、寮生活という名目で、事務所が所有する一軒家にマネージャーの春木と共に住んでいる。


白崎が車に乗っていたのは、個人の仕事を終えた白崎を春木が自宅まで連れ帰る途中、紗希子のアパートに寄ったからだった。


閑静な住宅街に建つ彼らの一軒家は、重厚なガレージや高い門と塀、張り巡らされた防犯センサーをはじめとするセキュリティ対策で、しっかりと守られていた。メジャーデビュー前と言っても、すでにコアなファンがあれだけついている彼ら5人が住むのだから、確かにこれらの対策はいくらあっても足りないくらいなのだろう。


「ここまで警戒することはないと思うんだけどね」と白崎は笑ったが、会場周辺にはファンが大勢詰めかけているというのに、のこのこ外に出て、紗希子のような一般人に平気で声をかけたりする白崎の防犯意識が高いとは思えないので、断固として同調しないよう努めた。


パスワードを入力した上から、指紋認証に顔認証まで、春木は中に入るための警備体制を着々と解いていく。


その様子を見ていると、白崎の言う通り、さすがに警戒しすぎているようにも思えた。


白崎はその間、塀にもたれて待っている。これじゃ警備が解けて中に入るまでに何者かが白崎を襲っても、何ら不思議ではないような・・・。


真剣に認証を解除していく春木と、塀にもたれて待つ白崎の間で彷徨わせていた紗希子の視線は、白崎によって拾われ、ぴたりと重なった。


ほらね、警戒しすぎでしょ?と白崎の表情が言っている。まるで紗希子が考えていることをすべて見透かしているかのような白崎の真っ直ぐな瞳に、紗希子はたじろいだ。



そうこうしているうちに、春木はようやく門を開けた。


門と言っても、外側からは中の様子がまったく窺えないような、白一色の分厚い自動扉。


その間からゆっくり現れたのは、まるでテーマパークだと言っても過言ではないような豪邸だった。


庭先で寝そべるよく手入れされた綺麗なドーベルマンが、どことなく面倒臭そうに紗希子たちを一瞥し、白崎はそんな犬の様子にお構いなしで全身を撫でまくる。


それから、「コイツ、ポラリス。みんな“ポー”って呼んでる」と紹介してくれた。ポラリズの邸宅で飼っている犬がポラリスって、なんかややこしい、と思ったけれど、何も言わないでおく。ポーはとにかく白崎に溺愛されていた。



門が閉まるのを確認した春木は、こちらへ、と紗希子を案内した。


10代そこそこでこんなお城みたいな家に住んでしまったら、普通の暮らしが出来なくなるのでは。それとも、一生遊んで暮らせるだけの富と財が約束されているのだろうか。芸能人の稼ぎや暮らしなんて、紗希子にはあまりに遠い世界で、興味の範疇にもないことだった。





表が騒がしくなってきたので、成世はリビングの窓から様子を窺う。


春木からは永尾紗希子と二人だと聞いていたのに、どういう訳か大弥の姿が見える。


なるほどそういうことか。


18:00前、春木から届いたLINEに『永尾先生と合流。二人で向かいます」とあったのは、大弥によるくだらないカモフラージュだったというわけだ。


そもそも本当に二人なら、わざわざ『二人で向かう』と言う必要もないのだし、実に簡単なトリックである。


最悪だ。ただひたすら、大弥が永尾紗希子に余計なことを言わないよう祈ることしか出来ない。もしすでに言っていたら、後の祭りであるが。


成世はひとつ深呼吸をした。


その深呼吸が、運悪くダイニングテーブルで高校の宿題を広げ唸っていた理生の耳に届いたらしい。


にやにやと笑いを堪えながら、「成世くん、先生もうすぐ来るね。・・・ってか、なんか顔赤くない?緊張してるの?」と茶化してくる。


「っるせぇ、お前は早く宿題しろ!」

はぁい、と素直に返事しつつも、笑いはまだ治まらないようだ。



確かに今日、成世は少し緊張していた。


昨日、永尾紗希子との間にあったことは、あっという間にメンバー全員に知れ渡ってしまった。


その結果、メンバー最年長で、ポラリズのリーダーでもある晃斗から、「次先生にお会いする時は、まず謝罪をすること。これ、リーダー命令だから。いいな?」と釘を刺されたのだ。


「成世は少々社会性に欠けるから、気をつけろ?」とも言われた。確かに、誰かが買い置きしていたプリンを勝手に食っても謝らないとか、そういうことがある度に、晃斗は成世へ社会性について説いてきた。


そんな成世も、晃斗のおかげあって、社会で滞りなく仕事が出来るまでに成長した。が、昨日はついカッとなって、晃斗から口酸っぱく言われている社会性の欠片も忘れて怒鳴り散らかしてしまった。


今となっては成世自身も反省している。挙げ句、一人で勝手に弱気になっていたなんて、実に情けないことだ。


気を取り直して…。


俺を誰だと思っている?藤宮成世だぞ。

俺がやると決めたら、何だって出来るんだ。


成世は自分を鼓舞したい時、いつも自分にそう言って聞かせる。


さぁ、いざ出陣。





「ちなみに、俺も高3ね。成世と同い年。で、メンバーはあと3人いて、まずはポラリズのリーダーで最年長の金城晃斗。俺と成世の1個上だから、先生と同い年だね。それから最年少の青山理生。これは高1。マリオって呼ばれてる。最後に松原旺士朗。こっちは高2で、通称王子。この2人のことは先生も、マリオ、王子でOKだよ。ただし晃斗くんには気をつけて。『ザ・リーダー』って感じで、俺なんかしょっちゅう怒られてる。おっかねぇ男よマジで」


春木の後に続き、紗希子が邸宅の庭を進んでいる間、白崎は紗希子の隣でポラリズのメンバーを改めて紹介してくれる。


「成世はまさに、ポラリズのエース。カッコイイし、すげー奴なんだけど、プライドがバカ高くて、でもなんだかんだ仲間思いで、頼りになる人。良い奴なんだよなぁ、成世は」


へぇーと相槌を打っておくが、正直まだよくわからない。


紗希子は今朝の春木からの電話を切ったあと、むさぼるようにポラリズの配信動画を視聴した。


そこには白崎も出演していたはずなのに、どんな顔をしているのか覚えていないほど、紗希子は画面の中の藤宮成世だけを見ていた。


彼はアイドルを生業とする人そのもの――アイドルの概念など紗希子は知る由もないのに、そう思ったのだった。


常に明るく振る舞い、5人の中でどのように存在すれば視聴するファンが喜ぶかをきちんとわきまえた上で、そうとは悟られないような屈託のない笑顔を見せる。


藤宮成世を知ってやろう(弱みを握るという意味で)と視聴したのに、そんな“アイドルとしてのプロ意識”しか紗希子には見えてこなくて戸惑った。


それがカッコイイというものなのか、“すげー奴”ということなのか、プライドがバカ高いということなのか。紗希子にはわからなかった。


「――先生?大丈夫?」


紗希子はその声に弾かれるように、白崎を見た。白崎は不思議そうに紗希子を見つめている。


「なんだかぼんやりしてるね、先生」


白崎の言う通りだった。春だから?春眠暁を覚えずということだろうか。それか、花粉症にでもかかったのかもしれない。


なんとか理由をこじつけて考えないと、胸の中にあるこのかたまりのようなものが説明できなくて、そのことが紗希子を不安にさせた。



「先生、よろしいですか?」

玄関扉の前で、春木がやけに丁寧に訊ねる。覚悟はいいか、と問われているかのようだった。


やっぱり私、藤宮成世のストレス発散用サンドバッグとして呼ばれたんだ・・・。そんな考えが、咄嗟に頭の中を支配する。


「大丈夫です」

いや、何が?もちろん全然大丈夫じゃない。けれど、行かねばならない。


よし、いざ出陣。


紗希子は気合いを入れたい時、いつも心の中でそう呟くのだった。




紗希子は白崎に案内され、2階にある藤宮成世の部屋にいた。さすがは豪邸だけあって、メンバー全員に一人一部屋がきちんとあてがわれている。


「あの、今なんと・・・?」

入室直後、藤宮成世は紗希子と目も合わさず、もごもごと何か言った。聞き取れなかった紗希子は、なんとなく言ったことの察しはついたが、ちゃんと聞きたくてそう返した。


「だから!昨日はすいませんでした!」


なんだか投げやりな言い方ではあるが、とりあえず合格。そう思わないと怒りが込み上げてきそうだったので、合格発表の絵面を頭の中に思い浮かべ、なんとかそれを飲み下す。


「この俺が謝ってるんだぞ!?なんとか言えよ!」

やっぱりコイツは王様か。


「はい、受け取りました。では、授業を始めましょう」


紗希子は用意された椅子に腰掛け、感情を押し殺して淡々と言ったのを、藤宮成世は突如手で制した。


はぁ?どういうつもり?――それが声になる前に、藤宮成世の人差し指が紗希子の唇を封じる。紗希子が眉をひそめると、藤宮成世は紗希子の唇を封じたその指で、扉の方を指差した。


(え、まさか・・・)

(うん、間違いない)


二人で扉に視線を送り、それから目と口パクとジェスチャーで会話する。


(あんたはこのままここに居て。俺が扉を開けるから)

(わかった)


藤宮成世は足音を立てないように扉に近付き、ドアノブに手を掛ける。紗希子はその場で息を潜める。


カチャ――ッ――


「こんなところで何してる!」


開いた扉の向こうで露呈したのは、ポラリズのメンバー3人と春木――つまり今この屋敷にいる全員が、そこに集まっていたのだ。


紗希子がさすがだなと思ったのは、予想に反して扉が開き、間の抜けたような顔を晒した面々だったが、ポラリズの3人が瞬時にポージングを取って誤魔化したことだった。


「お前ら、かっこつけたって許さねぇからな!春木さんもこいつらと一緒に遊んでないで、さっさと退散させてくださいよ!・・・ってかあんたも感心してる場合か!」


ツッコミ芸人かと見紛うほど、藤宮成世はその場を見渡し素早く全員にツッコミを入れる。


「だって、成世がちゃんと先生に謝るか聞いておかないとじゃん?そんで、晃斗くんに報告しないと」と白崎はさも当然のごとく言い訳する。


そうと聞いて、「晃斗くんの仕業か・・・」と藤宮成世も最初の勢いを完全に失い、頭を垂れた。


“晃斗くん”はそんなに怖いのか・・・。“晃斗くん”だけは絶対に怒らせないようにしなければ、と紗希子は心に固く誓ったのだった。

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