第1章 最悪の出会い vol.3
翌朝、ポラリズのマネージャー・春木聖太と名乗る男から、紗希子のスマートフォンに電話がかかってきた。
毎日23:00には入眠し、6:00きっかりに起床する紗希子だが、昨夜はなかなか寝付けず、今朝はまだベッドの中で眠りと覚醒の狭間を行き来しているところだった。
こんなに早く連絡が来るとは思っていなかったので、紗希子は余計に落ち込んだ。やはり考える余地もなく、クビ決定ということだろう。悔しいけれど、仕方ない。潔く受け入れて、また新しいアルバイトを探すとしよう。ただし今度は、焦らずに。
「本来ならば私が裏口からご案内せねばならなかったのですが、他のメンバーのこともあったもので。大変失礼いたしました」
ベッドの淵に腰掛け恐る恐る電話に出た寝起きの紗希子へ、春木は挨拶もそこそこに、まずは謝罪した。
確かに。私にも悪いところはあったけれど、やはり私が藤宮成世にあれほどキレられるのは筋違いであった、と思い直す。
そこで、今後のことなのですが・・・と、春木は紗希子の気も知らずに電話の向こうでもごもごと続ける。
藤宮成世は横柄な男だったが、この春木はかなり気が弱そうだ。うまくマネジメント出来ているのだろうか。いや、きっと尻に敷かれているに違いない。
そんなことを想像していたら、憂鬱な気分だったのが、だんだん愉快な気持ちになってくる。もう少しこの人たちのことを知りたかったかもしれない。紗希子はそんなことを思った自分に驚いた。
「あのぅ、永尾さん、聞いてます・・・?」
「はっ!すみません、聞いてませんでした!」
春木の落胆したような呼吸音が聞こえる。
万一私が藤宮成世の家庭教師を続けることになったとしても、関係性の構図は『成世>春木>紗希子』になるのだろう。屈辱的なので、やっぱりクビで良かったのかもしれない。
「永尾さん、今日ですけど、大丈夫ですか?」
「何がですか?」
春木が言わんとすることが、紗希子にはどうにも見えてこない。
「いや、ですから、今夜19:00から、昨日の振替授業をお願いしたいのですが」
春木の語気がやや強くなる。
「えぇ!?」
紗希子は慌ててベッドから立ち上がる。
問題なければ今夜18:00、永尾さんのアパートまで私がお迎えに参ります、と事務的に伝えてきた春木に、呆然としたまま「わかりました、よろしくお願いします」と応え、電話を切った。
これは一体どういうことなのだろうか。もしや藤宮成世は私をストレス発散の道具にでもするつもりなのか。クビを免れたというのに、気が重い。私は一体何を求めていたのだろう。紗希子は混乱を極めていた。
○
落ち着かない紗希子は、17:45、すでに表にいた。その2分後、春木の車が静かにやって来た。春木の方も、今回は失態のないよう細心の注意を払っているようだ。
メンバー5人を乗せて走ることもあるからだろう、春木は7人乗りのミニバンを乗りこなしていた。
運転席の斜め後ろの席から春木を見る。やはり気が弱そうだが気立ては良さそうな男だった。
「あ、あの・・・春木さん。お聞きしても、構いませんか?」
車内の沈黙が少々気まずかったのと、また藤宮成世に何を言われるかわからないことへの不安で胸が押し潰されそうだったので、それらを紛らわせたくて声を掛けると・・・。
「はい、なんでしょう」
あれ、なぜ。声が後ろから聞こえる。紗希子は声のする方を振り返った。
「あえ!?黒崎さん!?」
「覚えてました?」
昨日の今日だ。忘れるわけない。親切にしていただいたにも関わらず、逃げるように立ち去った罪悪感も、まだこの胸に残っている。
しかし・・・なぜ黒崎さんが、春木さんの車に・・・?
名前を絶叫したと思ったら、今度は言葉を失って、ただ目を見開き口をぱくぱくと開閉している紗希子を見て、黒崎は笑う。
「やっぱり面白い人ですね、永尾せんせー」
ん??今、なんと・・・?
「どうして黒崎さんがご存じなんですか!?」
知り合い未満と判断した黒崎さんには家庭教師のこと、何も話していないはずなのに・・・。
黒崎から畳みかけるように次々と繰り出される疑問に気が動転している紗希子を、彼はしばらく面白がっていたが、ついに白状した。
「揶揄いすぎましたね。騙してすみません、先生。僕は黒崎ではなく、白崎です。白崎大弥。ポラリズのメンバー。成世から先生のこと、色々聞いてます」
いや、色々って何!?怖すぎるんですけど!?
紗希子にとって、精神に良くない道中だった。
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