第1章 最悪の出会い vol.1
「成世、今日家庭教師の日じゃん。ま、家庭じゃなくて、楽屋だけどな」
ファンがうじゃうじゃ歩いているというのに、平気で外に出ては、何事もなく楽屋に帰ってくる白崎大弥が、今日もコンビニで何やら調達して帰ってきた。
「大ちゃんマジでそろそろ気をつけろよ。SNSとかに拡散されたら大変だぞ?」
「わかってるって。成世、これ、勉強のお供に」
缶珈琲とチョコレート、それからこの箱は・・・。
「な!?」
箱の正体に気付いた成世は、瞬時に大弥を睨む。大弥はにやにやしている。
「だって、先生って女子でしょ?(笑)うっかりそういう雰囲気になるかもだしさ?ほら、愛のレッスンとか言って(笑)」
「お前マジいい加減にしろよな!」
と言いながらも、成世は理性と裏腹に、自身の頬が紅潮していくのを感じずにはいられない。
てか、コンビニで普通にこれ買ってる大ちゃん、まじでやべぇ。
「あ、そうだ成世、さっき面白い女の子に出会っちゃった」
成世の理性が自身の行動にドン引きしていることにも気付かず、自分用に買ってきたサンドイッチを囓りながら大弥は続ける。楽屋に届く弁当だけでは、コンサートに必要なエネルギーを補給しきれないらしい。
「アリーナがどこにあるのかわからないって、途方に暮れててさ」
「は?すぐじゃん。簡単じゃん」
「でしょ?だから案内してやったの」
「やばいっしょ。バレるでしょ、フツーに」
「いや、ポラリズのこと全然知らないっぽかった。俺結構話したよ?黒崎って名乗って(笑)」
まったく、大弥の無駄な行動力にはほとほと呆れる。
「でも最後は逃げちゃってねー。何しに来たんだろうねーあの子」
そう言いながらも、何か察しがついているような表情を見せる大弥の様子に、成世はピンときた。多分それは今日自分を訪ねてくるはずの家庭教師だ、と。
このためにアリーナから特別に用意していただいた、5人の楽屋とは別の一室に成世は向かう。家庭教師はここへやって来て、13:00から1時間半の初回指導、15:00からリハーサルを行ったら、18:00からの本番へと挑む。
現在12:45。少しだけ胸がざわついた。
実は成世自身、どんな家庭教師が派遣されてくるのか、詳しいことはほとんど聞かされていなかった。
そもそも母親が勝手に決めたことなのだ。
これからアイドルの枠を越えて売れていくにあたり、学歴は必ずプラスになってくれる、というのが母親の言い分で、それは成世も同感だった。
だからポラリズとしての活動も学業も、手を抜かずに精一杯取り組んで来たつもりだ。
その甲斐あって、高2最後の三者面談では、このままいけば推薦入試でそこそこの難関私大を狙えると、担任からお墨付きを得た。
何もかも計画通り、予定通りに進んでいた。
なのに。
『成世、もうすぐ高校3年生になるわよね。高校3年生はこの1年しかないのだから、あなたの人生に後悔なきよう、とっておきのプレゼントを送るわ。勉強もお仕事も、頑張ってね!』
とっておきのプレゼント――それが、家庭教師というわけか。
成世は母親に逆らうことが出来ない。女手1つで自分をここまで育ててくれた母親の苦労をよく理解しているからだ。
派遣されてくる家庭教師がどんな人物であるか、聞いているのは、東大生であることと、永尾紗希子という名前だけ。
楽屋口が妙に騒がしいので、成世は用心しながら廊下に出た。
ポラリズのメンバーのうち、高校1年・2年の青山理生と松原旺士朗が高校の午前授業に参加してからこちらへ向かっているので、ちょうど楽屋入りの時間が迫っている。
そのため、おそらく2人のファンたちが入り待ちをしているのだった。
先生は無事に楽屋入りできるだろうか。当然マネージャーがうまく調整してくれているはずだが、少し気がかりだ。
なんて思ったのも束の間、楽屋口の外をよく見てみると、騒ぎの原因は二人のファンではないようだ。
警備員2人に両側から取り押さえられている女は明らかに不審者そのもの。
しかもその女は、
「藤宮成世という人の楽屋に行かなければならないのです!」
と叫びながら、手足をバタつかせているのである。
「えっ、まじかよ…」
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