第5話

 その日の晩。

 結局気まずくなってルイ16世との会話はそれきりになった。

 少々軽率な物言いであったかもしれない。


 寝室を出て行く、彼の背中を見ながら思う。


 ごく普通の少年だ。と。


 自分の時はどうだっただろう?


 マリーは自らの半生を振り返った。


 小学生の頃、

 マリーはそれまで自宅学習で、同年代の子達と何故か交流がなかった。

 なので、小学校に行くのはすごく楽しみで、友達がいっぱいできるものだ、と……思ってた。


「ナニそのヘンナ英語!」


 アハハハハハハハ〜〜ッ!!!!!


 家の中ではフランス語だったせいで、当時の私の英語は酷いフランス語訛だったのだ。

 おかげでクラスの笑い者。


 しかーし!!


 おかげで私の闘志が目を覚まし、馬鹿にしてきた連中はテストで全員ぶち抜いてやった。


 こうして、ハイクラスに上がるようになってからは、仲良く話す子も増え、逆にフランス語を教えたり、クラスでの居場所を獲得していき、


 外の世界を知った____。


 皆、自分の服は好きなものを自分で選ぶし、ヨランダみたいなメイドが後ろから見張っていることもないし、ジャンクフードも友達の家で初めて食べた。恥ずかしながら、8歳にして初めてチートスを食べた。めっちゃうまい!

 ニンテンドーも楽しい。wiiも楽しい。

 信じられないことだらけだった。


 その自由を手に入れたくて……。


 っ!! 死ぬほど努力したのに……!!


 マリーの目に涙がにじんだ。


 この悔しさに枕を濡らし、眠れなかった翌朝。

 試練が訪れる。


 結局眠れなかったマリー、寝ぼけ眼で朝からゴソゴソとベッドから這い出し、洗面台に向かおうとし……


「なりませんっ!!!!」


 と、朝からノアイユ夫人に一喝をいただいた。


「え!? はっ? のノアイユ夫人!? あ朝から何やってるの!?!?」


 それも人のプライベート空間で!!


 隣に他人が寝てる時点で、プライベートも何もあったものではないが……。


「私は、あなた様の教育係を担っているのです!! エチケットに不慣れな妃殿下をお支えせねばなりませんっ!! 昨日は取りやめとなりましたが、起床の儀がございます! お召し物の準備整うまで、お待ちを!!」


 と、耳打ちをされた。

 奥の方を見ると、もうすでにいつもの腰巾着2名が、ギチギチのコルセットに重量級ドレスで完全武装して待ち構えている。


 起床の儀式―――――。


 ルイ14世の頃から続く儀式で、

 朝の目覚めを臣下一同皆に祝ってもらう。

 つまり、寝起きを大勢の他人に見られ、起きていの一番から皇族のお仕事がスタートするのだ!!


 的なことを、以前、ヨランダから聞いたことがある――――。


 嘘だろーーーーーー!!!!!!


 そして、


「皇太子妃殿下お時間でございます。」


 と、侍従から声をかけられ、ベッドのカーテンを引っ張られる。


 もうホントの寝起き。


 パジャマ姿で、皆からご挨拶をいただき、陶器のたらいで顔洗って、コンソメスープ? で喉を潤し、使用人とノアイユ夫人含め約4〜5名の衆人環視の下、お着替え。


 肌着に手をかけられた時は


「ちょっと!! 何するの!!? 着替えるから出てってよ!!」


 と、焦って身を守ったが……


「まさかっ!! ご実家では使用人1人使わず……着替えを!?!?」


 って、ノアイユ夫人にちょードン引かれた。


 あ……そうか、当時のドレスは、一人で脱ぎ着をする設計になってないんだわ……。


 一人で着替えはできない。

 この時代、使用人が着替えを手伝うのが当たり前。


 しばしの苦悶の後、意を決してマッパを晒すことに……。


 あぁ……。も死にたい。


 朝からのダメージに加えて、コスセット締め付けの刑。ドレスという重し付き。


 それだけじゃない!!

 髪の毛だって全部引っこ抜く気か!?

 と、思うほど引っ張り回された。


 きっと私の目は死んだ魚だろう。


 そんな中、


 着替えたばかりで、貴族の皆様と謁見。


 ご挨拶をいただき、喋る気力もなく適当に返事をしてたら、ゴテゴテのオバハンに睨まれる。


 すると、ノアイユ夫人が


「妃殿下、アデライード王女殿下であられます。この場で最も身分の高い姫君であられますよ!?」


 この言葉を聞いて、私、ちょっと吹き出しそうになった。


 姫て……。ババアじゃん。


 表情筋をフル稼働。


「ごご機嫌麗しゅう。王女殿下。」


「妃殿下。お声がけいただき安堵いたしました。よもや、私のことをお忘れかと……こちらにいらしてまだ2日、慣れぬのも無理からぬことでございましょう。」


 と、固い表情でアデライードは言う。


 要は、“物覚えの悪いガキが! あたしを無視するとかあり得ないんですケドー。”

 と、言いたいわけである。


 あー、メンドー。


「ご心配をおかけしましたわ。」


 と、頑張ってお返事。

 マジ、メンドー。


 そして、次の予定はルイ15世にご挨拶。


「陛下ご機嫌麗しゅう。」


 見様見真似のカーテシーをする。

 すると、


「我が愛らしい孫娘よ。少々疲れているのか? 動きがぎこちないようだが?」


 と、本気で心配された。

 やっぱりカーテシーがおかしかったらしい。

 周りの廷臣達も眉を潜めている。


「も申しわけありません。陛下の前だと緊張するようでして……。」


「そのような淋しいことを言うでない。最初に会うたときには“お祖父様”と親しみを込めてくれたではないか。」


 マリー·アントワネットぉぉぉぉぉ!!!

 コミュ力おばけかっ!! あたしでも初対面でお祖父様は言えんわっ!!!


「もちろん。家族として親愛を込め、陛下として尊敬しておりますわ。」


 と、笑いながらなんとか誤魔化そうとした。


「時に、我が孫は初夜に何もせんだなど、情けないことこの上ないが……。」


 孫娘に初夜の話かよ……ウゲェ――。


 耳をふさぎたいのを我慢し笑顔で耐える。


 しかし。


「そなたの身を案じ、日程を遅らせるよう方方へ頼み込んでおった……。そこまで仲睦まじいなら、ひ孫の顔もそのうち拝めよう。」


 え……。ルイ16世。そんなことしてたの?


 ていうか。日程がズレた?


 もう歴史が変わり始めてる―――――。


 マリーはルイ15世との謁見を終え自室に戻ってきた。そして、


「妃殿下。披露宴の準備にかからせていただきます。」


 物思いにふけるまもなく、パーティー地獄が始まる。











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