第4話
今は接触しない。
マリーは悔しさに拳を握りしめた。
今のマリーは丸腰同然で、現状未来がわかっていながら、手をこまねいているしかないのだ。
今、できることは……一人でも多くの味方を作ること。
マリーは、部屋に控える使用人達を追い出し、ノワイユ夫人と二人きりになった。
目の前で困惑している彼女をジッと睨みマリーは尋ねた。
「貴女は私の味方?」
「も、もちろんでございます。先ずはエチケットを……。」
マリーは激昂した。
エチケット!? 私がどんな思いで聞いてるかも知らないで!!
首がかかってんのよ!? 文字通りね!!
そして、ノワイユ夫人の言葉を遮り言い放った。
「エチケットとは!! 先々代ルイ14世陛下から始まったもの。私が何を言いたいかわかるかしら?」
ノワイユ夫人は一瞬キョトンとした。
それがどうしたというのか? と、顔に書いてあるようだ。
ノワイユ夫人が、どこまでフランスの実情を知っているか、定かではないが……。
敵だったオーストリアと、手を結ぶことまでしたのだ。そのこと踏まえれば、呑気にエチケットと言っていられる状況じゃないことぐらい、判らないのだろうか?
ノワイユ夫人は年下につけあがられてなるものかと、現威厳を示そうとして言った。
「そのことお解りであるなら! フランスの貴族達がいかにエチケットを重んじて……。」
「なら聞きますが! エチケットに頼って、自身の能力の切磋琢磨を怠った者を有用だと……本気で思っているわけではないでしょうね?」
なぜルイ14世がベルサイユ宮を作り、エチケットを絶対にしたのか。
有能な者を排出させないためだ。
そうすることにより、フランスの絶対王権を盤石なものにした。
しかし、それはとてつもない副作用を伴った劇薬的な施策だったのだ。
「フランス王太子妃である貴女が! そのような疑問を持ってはなりませんっっ!!!!!」
ノワイユ夫人は少し震えていた。
これまで、取るに足らない小娘と侮っていたのに、このフランスでは誰もが見て見ぬふりをする不都合を引っ張り出され、焦燥、そして、自身を否定されたように傷ついた。
マリーにもそれが判った。
だって彼女、少し泣きそうだ。
「あなた自身を……否定したいわけじゃないわ。
でも、道理が通じないのよ。
当然だけど、本を読み人と議論を戦わせなければ、政治力は身につかない。
剣技を磨き、戦場に出なければ戦略を立てることはできない。
ならエチケットは? 亡きルイ14世陛下の御威光を知らしめる。
現フランス国王陛下は? これから王位継ぐ王太子殿下は? 亡き国王に縋らねばならぬほど脆弱だと言うの?」
「陛下の、殿下の御名まで出されるとは……! あまりにございましょう!?」
「貴女が、臭いものに蓋をしようとしているからよ。」
「そのようなことっ!!」
ノアイユ夫人はマリーの目を見てギクッとした。
まっすぐに見つめる目。
最初に会った時は、どこか縋るような甘えがあった。
なのに……まるで別人だ。
どこか王者の風格をも感じさせる堂々とした姿。
ノアイユ夫人は二の句も継げず、その場は辞し逃げ去った。
その後も、妙に落ち着かず、気持ちを鎮めようと礼拝堂へと赴いた。
ステンドグラスの後光を背に凛と立つキリストのお姿。
自分は間違っていないはずだと手を合わせた。
しかし……。
十字架の前で祈りを捧げていると、脳裏にマリーの言葉が反芻した。
“でも、道理が通じないのよ。
当然だけど、本を読み人と議論を戦わせなければ、政治力は身につかない。
剣技を磨き、戦場に出なければ戦略を立てることはできない。
ならエチケットは? 亡きルイ14世陛下の御威光を知らしめる。
現フランス国王陛下は? これから王位継ぐ王太子殿下は? 亡き国王に縋らねばならぬほど脆弱だと言うの?”
太陽王を讃えることは国にとって良いことのはず!
エチケットこそ最良。
だが、
“ならエチケットは? 亡きルイ14世陛下の御威光を知らしめる。
現フランス国王陛下は? これから王位継ぐ王太子殿下は? 亡き国王に縋らねばならぬほど脆弱だと言うの?”
悶絶を覚えるほどに、耳に痛い。
今になって、彼女が一体誰の娘だったのか思い知らされる。
賢帝マリア·テレジア。
その直系の血筋は伊達ではなかったのだ。
確かに、亡き王の取り決めを守り続けていたのでは、現王体制が脆弱に見られるのは、貴族の腐敗が証明している。
仕方のないことだと思っていた__。
しかし、そうではないのだと今日彼女から思い知らされた、いや、突きつけられた。
私が導かなければならないお方と思っていた。
しかし……とんでもない思い違いを、
いいえ、奢りであったやもしれぬ。
ノワイユ夫人は、礼拝堂から見る日没を、覚悟の眼差しで見つめた。
一方、マリーは……。
一人反省会の真っ最中だった。
ノワイユをやり込めすぎた。
きっと味方に引き入れるのは難しいだろう。
イヤ、敵になったかも……。
どう考えたって普通、全否定してくる相手なんて嫌いに決まってる!
でも、なんだか大人気なくヒートアップしてしまった。
だって私、自由の国アメリカで生まれ育ったのよ!?(実家は自由なんて、なかったけどねっ!!)
なのにエチケットだなんて、クソすぎるんだもーん!!!☆
やっと自力で実家でれるようになったと思ったのに……!
もう本当に家を出るところで、はしご外されるなんて!!
あの鬼畜親っ!! 死んだら呪って祟って事務所破産させてやるっ!!
そして、はたと思った。
それにしても不思議だわ……。
何でこの国の貴族は散財ばかりで、お金を作り出すことを考えなかったのかしら?
下手に力を持ったら潰されるってこと???
色々考えいる内に夜が来て___。
「君は一体誰なんだ?」
ベッドの上でルイ16世に問い詰めれて、マリーは目線を泳がせた。
「い嫌ですわ~。貴方様の妻、マリー·アントワネットでございます。」
「そういえば君、フランス語も上手くなったね。たった一夜で。」
「き気のせいでは?」
マリー·アントワネットぉ貴様、そんなにフランス語下手だったのかぁ〜💢
おかげで今私がピンチよ!!!
ドイツ語なまり〜って、わかんないし!
「私としては、君が何者でも構わないが。この結婚は不本意であったしな……。」
ルイ16世が眉間にシワを寄せ少し拳を握った。
「不本意!? どうして!? ドイツとイギリスにボロ負けしたのに!?」
「それはっ……!!
しかしっ! 君はなんとも思わぬのか!?
このように、顔も知らなっかた相手と結婚して、意思など関係なくっ!!
まるで檻に入れられた動物のように番わされるなど!!」
彼の訴えは切実だった。
そして、マリーは自身の当事者意識の欠落を痛感した。
私は……本物のマリー·アントワネットじゃなかったから……どこか他人事だった。
でも、彼には切実な、現実問題なのだ_________。
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