第八章 彼との約束⑥
王都に戻ったイヴァンジェリンは宣言通り、父親を国王の座から引きずり下ろした。『魔女が国を呪ったのは国王の過ちが原因』と、大きく間違っていない嘘を大々的に発表した。王太子カルヴィンが王位に就き、近々正式に即位の儀を行うことも決まった。
当座は王都に留まってほしいという王女の要望で、ルーカスとエリスは王宮に滞在しているらしい。らしい、というのはリタは王宮を出て、家に戻ったからだ。王女はリタも王宮に留まれるように計らってくれた。だが、リタはそれを断った。
イヴァンジェリンの魔法で眠らされたダンはとっくに目を覚ましている。おそらく、リタが王女についていったことは女将には伝わっているだろう。そして、王女の凱旋は大々的に発表されている。リタが帰って来たことも聞いているはずだ。皆に無事を伝えたかったし、皆の顔を見たかったのだ。
「リタ!」
酒場の入るなり、女将はリタを熱く抱擁した。酒場の常連客も話を聞いていたらしい。「大冒険だったな」と声をかけてくれた。ダンも「お帰り」と声をかけてくれる。
「グレンさんの記憶は戻った?」
「うん」
正確に言えば記憶を失っていたわけではなく、過去の自分と入れ替わっていただけなのだが、ダンにそこまで説明することもないだろう。
「よかった」
リタは笑って頷くと、ダンも微笑んでくれた。
「それじゃあ、王女殿下とグレンさんの結婚話もなくなるのかな」
「――あ」
ダンに言われるまですっかり忘れていた。そういえば、そもそもイヴァンジェリンとグレンが結婚するというのがリタにとっての発端だったのだ。
「それを言ってたのは前の王様だし、王女殿下にはその気はなさそうだから……多分?」
旅の初めから終わりまで、彼女は一貫してグレンに好意を抱いている様子は一切なかった。話を勧めたがっていた国王が王座を退いた以上、あの話はなかったことになるとは思う。
(……ただ、このままっていうのも良くないわよね)
この一年間、グレンとリタは恋人ではあったが、その関係性は不安定なものだった。将来的にどうするのか、とか具体的な話を一切してこなかった。フラれる未来しか想像できず、ずっとリタが逃げてきたのだ。
(いい加減、ハッキリさせないといけないよね)
グレンとずっと一緒に居たい、という気持ちは変わらない。だが、愛人関係になるつもりもないし、グレンもそんな不誠実な男ではないだろう。二人の間には一度話し合いが必要だ。
それからリタは以前と変わらず、酒場で働いた。たまに酔った常連客が騒動を起こすだけの平和な日々。ほんの数日前まで
王宮から迎えが来たのはそれから一週間ほど経ってのことだった。
開店準備中の酒場にやってきて二人の騎士は「リタはいるか」と声をあげた。テーブルを拭いていたリタは迎えの騎士の顔を見て、手に持っていた布巾を床に落とす。
「ど、どうしたの!? 二人とも」
「やっほー、リタ! 一週間ぶり!」
元気よく手をあげたのは見間違いようなく、エリスだ。その後ろにはルーカスの姿もある。そして、二人そろって騎士団の制服を着ている。状況が呑み込めないリタはポカンを二人を見つめた。
「騙された」
顔を押さえながら、事情を説明してくれたのはルーカスだった。
「あのクソ野郎、俺達を王都まで連れてきたのはこれが目的だったんだ。それっぽい理由をつけやがって」
聞けば、イヴァンジェリンは二人に自分を守る騎士になることを強要――もとい、提案してきたらしい。
『国の加護を取り戻した以上、今後あの辺りの街道に現われる魔獣は激減するはずよ。そうなれば、お前達もお役御免ね。今のように稼ぐことは出来なくなるわ。新しい働き口を探すのは大変でしょう? わたくしの下なら、今までよりずっと多くの給金を受け取れるのよ。願ってもない話だと思わない?』
イヴァンジェリンを気に入っているエリスは一も二もなく頷いた。しかし、ルーカスは相棒のエリスに「えー、いいじゃん!」と言われても最後まで抗ったらしい。しかし。
『お前の妹なのだけれど、王都の近くにわたくしの離宮があるの。そこは空気も美味しくて、療養場所としては最高よ。だからそこで生活させようと思っているのだけれど……ねえ、ルーカス。たった二人だけの兄妹の交流手段が手紙だけっていうのは悲しいと思わない? 直接会って、話したいわよね? 会いに行って、警護の騎士に追い返されるような真似、されたくないわよね?』
と、脅されてイヴァンジェリンの提案を受け入れざるを得なかったそうだ。
ルーカスは後悔するように呟く。
「アイツの仕事を引き受けたのがそもそもの間違いだった」
「えー、いいじゃん! お金だって前より貰えるし、綺麗なおうちに住めるし、私は王都での暮らし良いと思うんだけどなあ。ルーカスだって、王女様のこと気に入ってるでしょ?」
「気に入ってない」
「もー、素直じゃないんだから」
リタは苦笑いを浮かべる。
確かにルーカスの言うとおりかもしれない。イヴァンジェリンに勝てるわけがないのだから、関わってしまった以上、この結末は避けられなかったのかもしれない。だが、ルーカスのことより、リタには気になることがあった。
「ねえ、エリス。騎士団って女の人って入れなかったんじゃなかったの?」
騎士団のほとんどは貴族の子息で形成されている。庶民から登用されるケースもあるが、当然男性だけの話だ。リタは女性の騎士という存在を聞いたことがない。
「なんかそうらしいね! 王女様が上手いことやってくれたらしいよ!」
確かにイヴァンジェリンであれば、前例を覆し、エリスを騎士団に入れることは容易そうだが――気になるのはエリスの状況だ。
「その、……大丈夫なの? こう、嫌がらせとか……」
「グレンのお墨付きもあるから、今のところはな。まあ、俺含め遠巻きにはされてる」
ルーカスは「貴族のボンボンと馴れあう気もねえからいいけど」と息を吐いた。そして、「エリスならなんとでもなるだろ」と話をまとめた。
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