第七章 加護の復活⑦
――大切な人のために戦う。
まだグレンの思いは抽象的だ。ルーカス程具体化していない。十二年後に戻った彼が今の未来を創るには前提として英雄と呼ばれるほど強くなる必要がある。そうでなければ、単身で
『まだ、周りが言うような立派な騎士になる自信はないけど、そうなれるように頑張る』
何のために戦うのかを決めてからも、グレンはまだ自信を持っていない。だが、そういうことではないのだ。なれる、とかではなく、なるのだ。そういう必死さが今のグレンにはまだない。
だが、どうしたらそんな意識を持てるようになる。この件についてリタはグレンが悪いとは思わない。至極当然のことだと思う。でも、それではこの未来をつかみ取れない。一体、どうすればいいのだろう。――自分は何をしてあげられるのか。
リタが考え込んでいると、寝室の扉が開いた。イヴァンジェリンが姿を荒らす。どうやら神との交信は終わったらしい。
「何してるの、貴方達」
ルーカスとリタという組み合わせは珍しいのだろう。イヴァンジェリンが怪訝そうな表情を浮かべ、すぐにルーカスの腕に巻かれた包帯に気づく。
リタが経緯を説明すると、王女は溜息をついた。
「それなら起こしてくれればよかったのに」
一度巻いた包帯を外し、イヴァンジェリンが治癒魔法をかける。傷はあっという間に癒える。本当に魔法というものはすごい。
「大したことねぇよ、こんぐらい」
ルーカスがそう言うと、イヴァンジェリンは蔑みの視線を向けた。
「本当に男って愚かね」
「――は!?」
「いえ、お前が迂拙なだけね」
治療を終えると王女は立ち上がる。
「餓鬼の癖に」
「その子供に言い負かされているのは誰かしらね」
吐き捨てたルーカスに王女は冷淡に返す。どう逆立ちしてもイヴァンジェリンに口で勝てるわけがない。リタはそもそもの本題に戻そうと思い、口を開く。
「あの、王女殿下。神様はなんておっしゃってましたか?」
元々彼女は因果が繋がらない件について、神に聞こうとしていた。先ほどのルーカスとのやり取りでおそらく、このままではグレンが反則級の強さを手に入れられないというのが原因ではないかと予想できた。しかし、推測にしか過ぎない。実際のところは神の意見を聞きたいところだ。
イヴァンジェリンは険しい表情を浮かべる。
「エリスとグレンを呼んできてちょうだい。すぐによ」
そう言ってイヴァンジェリンは「アメーリア様たちを呼んできます」と家を出ていった。ルーカスがその後を追い、リタはグレンたちに声をかける。
イヴァンジェリンはアメーリアを連れてすぐに戻って来た。彼女は全員を座らせると、「主からのお言葉を伝えます」とすぐさま本題を切り出した。
「明日の早朝、この場を出立し、国を目指せとの仰せです」
「――明日?」
それは随分と急な話だ。しかも、グレンの件とは別件だ。結局、グレンを過去に戻せない件については神は何を言っていたのだろう。イヴァンジェリンもどこか戸惑ったように言葉を続ける。
「グレンが元に戻らない件については何も言及されていないの。主はそうとしか仰ってなかったわ」
「主のお言葉は絶対です」
先代聖女であるアメーリアは一切困惑がなかった。
「預言に従いましょう。出立の準備を始めます」
彼女はそう言うと、宣言したとおり出立の準備を始める。この日のために日持ちのする保存食を用意してくれていたのだ。それ以外にも必要そうな荷物を倉庫からそれを持って、鞄に詰め始めた。
アメーリアが動き始めたために、他の人間も動かざるを得なかった。それぞれ、明日の出立に向けた準備を始める。
そして、一通り準備を終えた一行は、明日日が昇る前に目覚めるためにいつもより早く眠りについくことになった。
❈
出発は日が昇り始めた頃。周囲を朝焼けが包む。
「どうぞお達者で」
別れというのに、見送りのアメーリアに特に感慨のようなものはないらしい。夜のおやすみの挨拶のように淡々と別れの言葉を口にした。
「アメーリア様におかれましても、今後のご息災をお祈り申し上げております」
「色々お世話になりました。ありがとうございます」
「ご飯美味しかったよー! また、来るね!」
女性陣それぞれがそれぞれらしい挨拶を口にする。グレンとラルフも「ありがとうございました」と頭を下げる。ルーカスは背中を向けている。
「イヴァンジェリン殿下、帰りの道は分かりますね」
「はい」
イヴァンジェリンの言葉にアメーリアは頷く。
「聖女の力を受け継いだイヴァンジェリン殿下がいらっしゃれば、帰りの道は苦難ではないでしょう。周囲の魔獣を察知することが出来ますし、そもそも大半の魔獣は神の力を恐れ、近づいては来ません。ただ、道が険しいのは事実なので、どうぞ足元にはお気をつけください」
その後、イヴァンジェリンが示したのは元々彼女たちが来たのとは別の方向――西の方角だ。
「グレンが来た道をそのまま戻るわ」
彼女はそう説明する。
全員がアメーリアとその家に背を向ける。木々に囲まれ、家が見えなくなる直前まで家の前にはアメーリアの姿があった。
グレンが通った道を行く、というの行きと同じだ。しかし、今度こそイヴァンジェリンは何も目印がない中を進んでいく。時折休憩を取り、果実などを採取し、気づけば一体の魔獣に遭遇することもなく、野営地に到着した。
「これが本物の聖女様のお力なんだねー!」
感激したように声をあげたのはエリスだ。
イヴァンジェリン曰く、とっくにハロルドの縄張りは抜けているらしい。それにも関わらず全く魔獣の姿を見ないのは、アメーリアの言ったように聖女の力のおかげだと言う。
「確かにこれは便利な能力ね。転移魔法が使えなくても全く問題がなかったわね」
そう言って夕食の果実を口に運ぶイヴァンジェリンの顔色は行きに比べる非常に良い。だが、これは聖女になったからではない。
昼過ぎ頃、「疲れたわ」と言って彼女はエリスとルーカスに自分を運ぶよう命令した。全く魔獣が現れず、仕事らしい仕事がなかった二人は交互にイヴァンジェリンを背負うことになった。行きでどれほど疲労しても頑固として自分で歩いていたのは、それが贖罪の一つであったためらしい。「もう苦行をする必要はないでしょう?」と、彼女は道中においても暴君の側面を取り戻してしまった。
ちなみに食事にも口出しをするようになり、「こんなに大きいものは食べれない。切ってちょうだい」とリタに果実を小さく切ることを要求していた。林檎に似た果物だったため、ウサギの形にして切ってあげると非常に喜んでくれた。今はそれを美味しそうに頬張っている。
「俺達はアンタを運ぶ分、疲れるんだが」
「あら、いいじゃない。わたくしがいるおかげで、魔獣の襲撃を恐れる必要がなくなったのよ。それにそれ相応の報酬は用意しているんですもの。その分しっかり働いてもらわないと困るわ」
重大な使命を果たせた後のためか、イヴァンジェリンは妙に上機嫌だ。その分、口もよく回る。
「王女であるわたくしを運ぶなんて本来選ばれた一部の人間にしか出来たい大任よ? お金を積んででも役目を任されたいって者もいるの。名誉なことと思ってくれて構わないわ」
「国のお偉いさんってのは頭おかしい奴しかいねえのか……」
王女の言葉にルーカスは頭を抱えた。イヴァンジェリンは黙っていれば絶世の美少女であるし、王都では慈悲深く優しいと評判だった。外面に騙されてそう思う人間も多いのだろう。――怖くてリタは黙っていたが。
念のため、夜の見張りを立てることになった。最後の一週間の旅では何度か真夜中に襲撃もあったらしい。しかし、その晩は誰にも襲われることなく、平穏な夜が過ぎていく。翌日も、翌々日も同じように時間が過ぎ去っていった。
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