第七章 加護の復活⑥


「アンタはグレンの恋人だったんだよな」

「ええ、そうよ」

「じゃあ、実際にグレンが戦っているところは見たことあるか?」


 リタは瞬きをする。


「ううん、ないわよ。酔って暴れる人を取り押さえたりとか、喧嘩に仲裁に入っている姿ぐらいは見たことあるけど」


 リタの働いていた酒場で、時折酔い過ぎた客が暴れることがあった。ある意味日常茶飯事の光景で、大体が他の常連客に取り押さえられて終わる。グレンもそこに参加していた姿は見たことがある。


 あとは逢引きデートの最中に喧嘩に遭遇したとき、彼は真っ先に止めに入った。相手は一般人だったということもあるが、あっという間に二人を無力化させていた。その頃にはグレンが騎士ということは知っていたので、「騎士ってすごいなあ」と思ったことは覚えている。しかし、その程度だ。


 彼が騎士団でもトップクラスの実力者であることを知ったのは、グレンが魔女討伐に成功した英雄だと祀りあげられてからだ。王は魔女討伐の一報と共に、グレンの過去の戦歴も公表した。単独で魔獣討伐に成功した唯一の騎士、なんていうのはそれまで知らなかった。普通の騎士だと思っていたからだ。地図外アネクメネに単独で入り、アメーリアの家までたどり着くという行為がどれだけ人外離れした偉業かは、この旅を通じなければ理解出来なかっただろう。


「それがどうかしたの?」

「……何て言ったらいいのか分かんねェんだが」


 ルーカスは険しい表情を浮かべる。



 リタはルーカスの言ってる言葉の意味が全く分からなかった。何を言っているのだろう。彼は間違いなるグレンだ。そこについてはリタが太鼓判を押せる。


 リタがそう主張すると、ルーカスは頭を掻いた。


「いや、アンタの言うとおりなんだが、なんかちげェんだよ」


 先ほど言ったように、ルーカスも上手く言葉に出来ないのだろう。腕を組み、言葉を探すように話す。


「そうだな。例えば、――エリス。アイツが強いのは分かるな?」

「うん」


 彼女の実力はリタも知っている。それこそ旅の間で何度も見てきた。


「女であれだけ腕っぷしの強い奴はなかなかいねえ。同じように傭兵やってる女は多少いるが、アイツほど強い奴はいない。下手すりゃこの国でアイツに純粋な戦闘能力だけで勝てる女は他に居ねえかもしれねえ」


 この国には当然ながら男女雇用機会均等法なんてものは存在しない。国で働く役人も、騎士も全員が男性だ。魔導士の中には女性もいるらしいが、純粋な戦闘職に就いている女性は少ないだろう。ルーカスの話は大袈裟ではなく、実際にありえることだ。


「アイツとはまあ、幼馴染というか、腐れ縁だな。小さい頃から互いのことはよく知ってる。アイツがちょっかいかけてきたガキ大将をコテンパンにしたことも知ってるし、悪さをしようと路地に連れ込もうとした大人を再起不能にしたことも知ってる」


 どうやらエリスは昔から強かったらしい。いや、強くならざるを得なかったのかもしれない。あの美貌なら周囲は放っておかないだろう。国境近くの街は治安も王都ほど良くない。自衛が必須だったのかもしれない。


「ちっせえ頃から、アイツはなんか違った。美人だったってのもあるが、俺達とはなんか違う。そういう雰囲気を持ってた。だから、大抵の奴はエリスのことを遠巻きにしてた。関わろうとしなかった」


 人間は違うものを排除したがる生き物だ。リタは実際に目にしていないから分からないが、幼い頃のエリスは異端だったのだろう。この一行パーティは他に王女だったり、王宮魔導士なんかがいて、そうとは感じないが。


「でも、ルーカスはエリスと仲良くしてたんだね」

「……俺の話はいいんだよ。本題はそこじゃねえ」


 ルーカスは苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「正直、俺はアイツみたいに何か特別なものを持ってるわけじゃねえ。状況的に強くならざるを得なかっただけで一般人寄りだと思ってる。王女とラルフもどっちかっていうとエリス寄りだな。ラルフはまだ常識があるが」


 「だが」とルーカスは言葉を続ける。


「グレンは――アイツは普通の子供だ」


 リタは沈黙する。なんとなく、ルーカスが言いたいことが分かってきたからだ。


「最初会った頃は情けないとこもあったが、この旅を通じてアイツは成長した。やる気もある。このままいけばいい騎士になれると思うぜ。傭兵風情の俺が言うことじゃねえけど」


 だが、ルーカスは「」と言い切った。


「とてもじゃないが、単独で大型魔獣を討伐したり、一人で地図外アネクメネに向かって俺らの旅のお膳立てを出来るようなレベルになれるとは思えねえ。そんな化け物じみた雰囲気を感じねえんだよ。本当に噂に聞く英雄様がアイツと同一人物なのか、それが俺には分からねえ」


 リタは剣のことも、戦闘のことも分からない。プロのルーカスの言うことが正しいのかもしれない。それでも、反論せずにはいられなかった。


「でも、まだ、十二年あるんだよ」

「俺が十二歳だった頃、間違いなく今のアイツより強かった」


 そして、今のグレンは今のルーカスより強い。つまり、グレンが現在の強さを得るにはルーカス以上の努力が必要なのだ。


(もしかして、足りないものって――)


 先ほどの王女の言葉を思い出した。リタは口を開く。


「……黒竜に攫われた後、私、大怪我を負ったの。置いていってって、グレンには言ったんだけど、あの子聞かなかったのよ。そのときに言ってたの。『家のためでも、国のためでもなく、大切な人のために戦う。そのために何だってやる』って」


 おそらく、元々グレンは騎士になる理由を明確に持ってなかったのではないだろうか。『親に言われた』『期待されている』――それらは全て周囲から与えられた理由だ。グレン自身がそうなりたいと望んだわけじゃない。


 前世でも、親に言われて習い事をしたり、塾へ行く同級生は多かった。でも、その中に明確に自身の意志で習い事に励んだり、勉強にいそしむ子もいた。誰かに言われてやるより、自身でやりたいと思って行動している子の方が強かったように思う。


「今回のことであの子は何のために戦うのか信念を見つけた。大事なのは何のために戦うのかってグレンに教えたのはルーカスでしょ? それだけじゃ駄目なの?」


 以前と今のグレンは違う。理由を見つけ、これから努力をしようとしている。それだけじゃ駄目なのだろうか。


 ルーカスはしばらく沈黙していた。家の外からはエリスの笑い声が聞こえる。きっと、グレンと訓練をしているか、お喋りをしているのだろう。


「俺が強くなろうと思った理由を教えてやろうか」


 彼は険しい表情を崩さずに言った。


「金が稼げなきゃ、今目の前にいるアビーが死ぬ。だから、俺はがむしゃらに金を稼げるように、強くならなきゃいけなかった。一ヶ月の薬代がいくらかかると思う? 普通の稼ぎ方してちゃ、絶対に金が足りねえ。誰よりも強くなって、商人から高い報酬を引き出せるようにならなきゃなんねえ。二の足なんて踏んでる暇はなかった。――オレがアイツに言った信念っていうのは、そういう類のもんだ。絶対に譲れない、絶対に曲げられないもんのことだ。大切な人のために戦うってのは結構だけどな。じゃあ、アイツが強くならなきゃ大切な人を守れないっていうのか? 大切な人のために戦うっていうのは、具体的になんと戦うんだ? 俺とアビーには他に身内がいなかった。助けてくれる奴なんていない。俺が稼がなきゃいけなかった。だからがむしゃらになれた。……俺が言いたいのはそういうことだよ」

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