第七章 加護の復活④
王女が言ったように、ラルフは家の裏手で植物観察をしていたらしい。「つい夢中になってしまって」と、柵の外に出たことを皆に詫びた。
それからようやく食事の時間が始まる。しかし、イヴァンジェリンたちには食事より優先すべきことがあった。
今朝の種明かしをしてくれたのは、この中で唯一事情を理解しているアメーリアだった。
「昨夜、聖女の地位をイヴァンジェリン殿下にお譲りしました」
彼女は淡々と言葉を紡ぐ。
「今現在、アウディティオの聖女はイヴァンジェリン殿下です。既に私は聖女ではありません。主より賜った力も全て失っております」
彼女の言葉に誰もが絶句する。特に衝撃を受けた様子なのは聖女の地位を継承した、イヴァンジェリン当人だ。普段の堂々とした振る舞いが嘘のように、狼狽している。代わりにリタが訊ねる。
「昨夜って――」
「ええ。夜中に出かけたでしょう? あの時に継承の儀を行いました。儀式の詳細については伏せます。アレは歴代の聖女にしか受け継がれていない内容ですので」
リタはイヴァンジェリンを見る。
「確かに、儀式のようなことはしたけれど……」
王女はそう呟くが、まだ納得出来ていない様子だ。
アメーリアがイヴァンジェリンに視線を向ける。
「主にお会いしませんでしたか?」
「……主?」
「詳細は主御自ら説明したいと仰っていました。会っているはずですよ」
見る見るうちにイヴァンジェリンの顔が蒼白になる。
「ちょっと、もしかして――あの変態が主だとおっしゃるんですか! 夢だと思っていたのに!!」
――あっ。
その言葉でリタは察してしまった。
昨日、アメーリアが王女に伝えた神の言葉は真面目なものだった。しかし、それ以前にリタはアメーリアからふざけたような神の言葉を聞いている。あまり熱心な信者でないリタでさえダメージを受けたのだ。信心深いイヴァンジェリンの心の傷はどれほどのものなのだろう。それにしても変態という言葉は気になる。
そう思っていると、エリスも同様の疑問をいだいたのだろう。首を傾げている。
「変態?」
「あの老骨、ベタベタわたくしの体に触れてきたうえに、蹴り倒したら喜んだのよ!」
――何一つフォロー出来ない。まごうことなき変態だ。
今、ここにいる一体何人が敬虔な信者なのだろう。少なくとも神はこの国から六人の信徒を失った気がする。イヴァンジェリンは頭を押さえる。
「……悪夢だわ。あんなのが日々祈りを捧げる神だったなんて」
「どうやら、無事に能力の継承がすんだようで安心しました」
アメーリアは至極落ち着いている。
「これでアウディティオにも聖女が戻りました。私は引き続き隠居生活を送らせていただこうと思います」
その言葉にひどく不安を覚えた。リタは訊ねる。
「……先ほど、アメーリア様は聖女の力を失ったと仰いましたね」
「はい。能力を次代に継承した聖女は
「それでは、ここで生活していくのに弊害が出るんじゃないんですか?」
この一週間、リタはアメーリアと生活をした。その中で彼女の生活は聖女の能力に頼って成立している部分もあった。その力が失われた以上、
「多少は魔法の心得もあります。何より、ここがハロルド様のお膝元。私がハロルド様の弟子であることは誰もが知っていますから、私を襲うような者もいませんよ。――ただ、以前のように気軽に街に出ることは難しいですね。私も
彼女はそこで言葉を区切る。そして、「ハロルド様のお怪我が治ったら、ハロルド様に送り迎えしてもらいましょうか」と呟く。街中が大騒ぎになるのでやめた方がいいと思う。
時間が経ち、冷静さを取り戻した王女が口を開く。
「アメーリア様は国にお戻りになられるおつもりはないのですか?」
「ええ。ここでの生活が気に入っていますので」
「では、わたくしの方で上手く取り計らいましょう。――ラルフ」
呼ばれたラルフは「は、はい」と背筋を伸ばす。
「お前なら転移魔法の出口と入り口を作って、ここと街を繋げることは出来るわね」
「大丈夫です。ただ、今手元に必要な材料がないので、一度王宮に戻ってからにはなりますけど……」
「ええ、それで十分よ。――アメーリア様。しばしお時間はいただきますが、お許しいただけますでしょうか?」
「大変助かります。ありがとうございます」
こうして今後の方向性も決まったところで、リタ達は引き続き休息をとることとなった。
休息は体力的な意味合いもあるが、精神的な部分も大きい。そのため、皆がのんびりしていたのは到着して翌日までのことで、それ以降は各自やることをやり始めた。
まず、イヴァンジェリンはアメーリアに聖女の能力をきちんと扱えるように訓練を受けることになった。
人知を超えた能力を未だ王女は扱いきれていない。以前のアメーリアのように使いこなすには一年近くの時間を要するそうで、一先ず基礎部分を学んでいるらしい。しかし、その講義の多くが精神的なものだったり、感覚的な話で、近くで聞いていてもリタにはさっぱり理解出来なかった。
ラルフは王女に命令された転移魔法の出入り口を作るための準備を始めた。
下準備さえ整えておけば、もう一度
ルーカスとエリスは体が鈍らないようにと日々訓練に励んだ。空き時間にラルフの採集の手伝いをしたり、力仕事も手伝ってくれる。また、ルーカスはグレンの指導も一緒に行っているようだった。どうやら大人のグレンは剣をアメーリアの家に置いていったらしい。代々アークライト家に伝わるという剣をグレンが振るう姿をよく見た。
残るリタは今まで通り、家事や雑用を担当した。
アメーリアはイヴァンジェリンの訓練に時間を割いている。生活する人間が四人も増えた。一気に仕事量は倍以上になり、リタはグレンに手伝ってもらいながら膨大な家事に追われることとなった。
王女にリタとグレンが呼び出されたのは、この生活が始まって五日後――リタが昼食の後片付けを終えたときのことだった。
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