第五章 聖女と魔女とその呪い①
ルーカスたちは結局その場で夜を明かすことにした。
縄張りの主が黒竜に倒されたこと。黒竜がしばらく戻ってこないだろうと予想しての判断だ。ただし、それは予知ではなく、単なる予測だ。外れる可能性は十分あると王女は言った。
「全ては十九年前にお父様が過ちを犯したのが始まり」
焚き火を囲みながら、ルーカスは王女の言葉に耳を傾ける。
荷物はグレンとリタごと黒竜に攫われてしまったため、物資は最低限しかない。今晩はラルフが少しだけ持っていた保存食を四人で分け合うことになったが、全く量が足りない。しかし、森に戻って獲物を取って来るわけにもいかないため、今日は我慢する他なかった。
「聖女が王族以外から生まれた場合、王族に嫁がせるのが通例よ。当時の聖女アメーリア様も同様に王族――当時王太子だったお父様に嫁ぐ予定だったの。でも、
ルーカスでも先代の聖女が現王妃――目の前の王女の母親ということは知っている。だが、イヴァンジェリンはそれが嘘で、別の女性が聖女だったと言う。
エリスは首を傾げる。
「よく分からないけど――それってマズいこと、なんだよね?」
「ええ。主の寵愛を受ける聖女を追放したのよ。お父様のしでかしたことはこの国から主の加護を失わせること。この国の主の寵愛は十九年前にとっくに失われている。土地に宿る加護は歳月と共に徐々に失われていって……その結果引き起こされたのが北部の大噴火よ」
北部の大噴火。国王が魔女の呪いのせいで引き起こされたと発表した出来事だ。
「ちょっと待て。なら、この国の呪いってのは」
「呪いなんて最初からないわ。単純に愚かな王太子が神を怒らせるような真似をして、この国の加護を失わせたってだけよ。全部お父様が悪いの」
開いた口がふさがらないとはこのことだ。以前にも国王が愚かだという話は王女の口から聞いていたが――。
「バッカじゃねえの!?」
「ええ、そうよ。お父様は救いようがないぐらい浅慮で短絡的で愚か者なの。わたくしの爪の垢を煎じて飲ませてあげたいくらいだわ」
王女は痛そうに頭を押さえる。
利発と言って差し支えないイヴァンジェリンの父親がそんなに馬鹿だとは信じがたい。一体、彼女の憎たらしいくらいの狡賢さは誰譲りなのだろうか。
イヴァンジェリンは息を吐く。
「当時、お父様は聖女の必要性を理解していなかったの。聖女は建国から何百年も続く存在よ。聖女がいなくなると国にどんな不幸が起こるかを実際に理解している人間はそう多くはなかった。それに聖女が亡くなると、その能力は別の人間に継承される仕組みになっている。本物の聖女を追放すれば、その能力が別の誰かに引き継がれるとお父様は信じていたようね。そう上手くはいかなかったけど。……わたくしが聖女を名乗っているのは聖女が不在というのがこの国にとって都合が悪いからです。一向に新しい聖女が生まれないことに業を煮やしたお父様が自分の娘を聖女ということにしたのよ」
ルーカスは頭を乱暴に掻く。
そもそもの前提が壊れていく。この国に呪いなんてなかった。単純に国王がやらかしたせいで、国が滅びそうになっているだけだという。ある意味自業自得だ。
「なら、そもそも“
「“
またとんでもない発言をし出した。ルーカスは唸る。
「国を追放されたアメーリア様は
つまりは呪いと同様に魔女なんてものも存在しなかったわけだ。
「
イヴァンジェリンの声は低くなる。
「え? 何で?」
エリスが能天気に疑問を口にした。その答えはルーカスでも分かる。
「さっき、王女サマが言ってただろ。聖女が死ねば、その能力は別の誰かに引き継がれるって」
「あー!」
つまり、国王は未だ聖女の能力を持つアメーリアを殺し、その能力を別の誰かに引き継がせようとした。そうして、この国の滅びを避けようとしたのだ。そもそも、神の加護を失わせた原因はアメーリアを追い出したせいであるにも関わらずだ。成功しても余計神を怒らせるのは目に見えている。
「よく、ここまで持ったもんだ」
ルーカスの呟きに「臣下が本当に頑張ってくれたのよ」と王女は以前と同じような呟きをもらした。
「なら、アンタの目的は何だ。何で、魔女――じゃねえな。聖女のもとを目指す」
日頃から不遜な態度を貫く王女から思いもよらぬ答えが返って来た。
「許しを得るためよ」
「……許し?」
「ええ」
王女は両手を組む。
「主の加護を取り戻すには、まず罪を償わなければなりません。お父様は自らの過ちを決して認めてくださらない。だから、罪人の娘であるわたくしが代わりに許しを得るために、アメーリア様のもとまで赴くことを決めました」
つまり、イヴァンジェリンが
「そんなこと、とはどういう意味?」
その発言はよっぽど王女の気分を害したらしい。以前、着替えを見てしまったときに近い圧で睨まれる。
「このままでは何千、何万という民が路頭に迷うことになるのよ。それをそんなことと言うの?」
加護が失われたままではどうなるかは出立前に聞かされている。そのことを思い出したルーカスは素直に自身の発言を詫びた。
「悪かった。失言だった」
「……ともかく、いくつかお前達には嘘を吐いていましたが、わたくしたちの目的は変わりません。
未だ王女は批難がましい視線を向けてくるが、それ以上ルーカスを責めることはしなかった。そして、旅の目的は嘘を吐いていたが、目的地自体は変わらない。ルーカスたちのやることは変わらないというわけだ。
だが、まだ、疑問が全て解けていない。
「リタとグレンについては既にアメーリア様に保護されていることでしょう。心配はいらないわ」
イヴァンジェリンは黒竜に連れ去られた二人が安全を予知した。今もそのことを確信している。そして、未来を予知したかのような振舞いは全て教えてもらったものだと彼女は言った。
「なあ」
そこについても明らかにしてもらう必要がある。ルーカスは口を開いた。
「さっき、グレンに未来のことを教えてもらったって言ったよな」
「ええ、言ったわね」
ルーカスの知る限り、グレンは嘘のつけなさそうな
彼女の言うグレンが二十四歳のグレンであれば、彼女の発言はおかしくないかもしれないが、それでも不可解な点がある。
「何でグレンが未来のことを知ってるんだ。聖女でもない人間が未来を視ることなんて出来るのか」
「無理ね。未来視は主の寵愛を受けた聖女にだけ許された特権だもの。グレンは未来を予知したわけじゃないわ。単純に、自身の過去の体験をわたくしに教えてくれただけよ」
「……は?」
本当に王女の話は意味が分からない。
「半年ほど前の話よ。グレンがわたくしに内密で話があると謁見を申し出てきたの。断る理由もなかったから、会ったわ。――そしたら、彼は本来臣下の中でも一部の人間しか知らない十九年前の出来事やわたくしが聖女ではないことを言い当て、北部で大噴火が起きることも予言してみせた」
「その上でこう言ったのよ」とイヴァンジェリンは言葉を続ける。
「『十二歳のとき、二十四歳の自分と精神が入れ替わったことがある。その時にイヴァンジェリン殿下たちと共に
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