第三章 地図外(アネクメネ)③
空を見上げれば満天の星が見えた。周囲が真っ暗か
リタは毛布にくるまったまま、空を見上げる。――こんな夜空はあの晩のことを思い出す。そんなことを思い出しながら、リタは目を閉じた。
❈
その夜、リタは思い切ってグレンにも声をかけることにした。
「明後日ね、私の誕生日パーティーやるんだ。女将さんの厚意でこの店貸切ってさ。タダ酒飲めるからよかったらおいで」
もうすぐリタは十八歳。この国ではお酒の飲める年齢である。友人や知人、酒場の常連客がそのことを祝ってくれる予定であった。
知り合いに生まれた日を祝福してもらえることは何歳になっても嬉しい。その上、女将は酒場の店主でありながら、従業員たちに「十八歳にならないと酒は飲ませない」と宣言するほど堅物で、リタは
リタにとってはグレンは仲の良い人間の一人だ。誘ってもいいだろうと思って声をかけたが、グレンは困ったように「明後日か」と呟いた。
「……もしかして、都合悪い?」
未だグレンの素性は知らないが、彼だって仕事をしているはずだ。仕事じゃなくても、他に用事があってもおかしくない。リタは慌てて言葉を重ねた。
「他に用事があるなら無理しなくていいよ。都合があえばと思っただけだから」
グレンにもグレンが事情があるのだ。そちらを優先してもらおう。そう思ったのだが、「いや」とグレンは首を横に振った。
「パーティーは何時から何時までやる予定なんだ?」
「えっと、午後四時くらいからかな。終わりは決まってないけど、店の閉店時間までは騒ぐことになると思う」
今までこの店ではリタ以外の誕生日パーティーが開かれたことがある。大体が日付が変わるぐらいまでやっていた。おそらく、リタの誕生日パーティーも同じだろう。
「それなら、今と同じぐらいの時間だったら顔を出せると思う」
「あの、本当に無理しなくていいからね」
少し強めの口調でリタは言った。
グレンが優しい性格なのは知っている。誘ったのは自分とはいえ、誘われたからという理由で無理に来てもらおうとまでは思っていない。
「無理をするつもりはないよ。リタさんの誕生日を俺も祝いたい。祝わせてくれないか?」
笑顔でそう言われてしまっては、もう一度「来なくてもいい」とは言えなかった。リタは複雑な気持ちながら、「分かった。待ってるね」と頷くしかなかった。
ところがリタはグレンが来るのを
「あー、グレンさんだー! いらっしゃーい!」
「……これはどういうことだ」
顔を真っ赤にし、活舌もおぼつかないリタを見たグレンはリタの向かいの席に座るダンに訊ねた。ダンは弱り切った表情を浮かべる。
「皆にいっぱいお酒を勧められたんだよ。酔ってるのに、全然リタ断らないんだ。僕も止められなくて」
ダンはリタの様子を心配して、どんどん酒を勧めてくる常連客の親父たちに「そろそろやめたほうが」と声をかけたが、リタ以上に酒の回った彼らに声は届かなかった。結果、今のリタが出来上がってしまった。
珍しくグレンは眉間に皺を寄せて、リタの前に置かれた酒の空き瓶を手に取った。度数のそれなりに強い銘柄だ。
「許容量が分かってないのに勧められるままに飲むのは感心しないな」
「えー、許容量ぐらい分かってるわよー。こんなの大した量じゃないって」
そう、リタとして飲むのは初めてだが、前世では沢山お酒を飲んできた。自分の許容量ぐらいは把握している。リタは酒豪だった。見た目に反し、全くどれだけ飲んでも酔わなかったのだ。男友達との飲み対決だって負けたことがない。この程度で酔うわけがない。――アルコールの許容量は肉体に左右されるため、今のリタが前のリタと同じぐらい酒が飲めるとは限らないということをそのときのリタはすっかり忘れていた。
「もっと飲めるって」
「やめなさい」
懲りずに別の酒瓶に手を伸ばそうとするリタの前から、酒瓶が消える。それを手に取ったグレンは一瞬躊躇したが、勢いよくそのまま瓶の中身を呷った。「あああああ!」とリタは声をあげる。
「グレンさんずるい! それ美味しい奴なのに! 私ちょっとしか飲んでない!」
「リタさんはもう酒を飲むな。水を飲みなさい」
「ええええ、お水なんて美味しくないよー」
ダンにどれが水入りのグラスか教えてもらったグレンがリタに無理やり水を持たせる。嫌々ながらリタはグラスに口をつけたが、――思った以上に火照った身体に冷たい水は美味しく感じた。大人しくちびちびとグラスの水を飲む。
「リタ、今日はもう帰った方がいいよ」
ダンはちらりと別のテーブルで騒ぐ集団を見る。先ほどまで浴びせるようにリタに酒を飲ませていた男たちは今は誰が一番腕相撲が強いかという勝負を始めてしまっている。「あの人たちが戻ってきたらまた、お酒飲ませられるよ」とダンは呟く。
「でも、私の誕生日パーティーなのよー」
「さっき十分すぎるほど祝ってもらってでしょ」
「ううううううう」
確かにもう時間も遅い。お酒が回って眠くなってきたのも事実だ。仕方なく、リタは「分かったよ」と頷いた。ダンは今度はグレンを見上げる。
「申し訳ないんですが、リタを家まで送ってあげてくれませんか?」
「俺が? 」
グレンは心底驚いたようにダンを見る。ダンは困ったように頷く。
「今日は女将さんもいなくて代わりを頼まれてるんです。だから、ここに残ってなくちゃいけなくて。お願いできますか?」
「大丈夫よ!」
リタは声をあげる。
「一人で帰れるから。グレンさんはゆっくりしていって!」
せっかく来てもらったのに、そこまで迷惑をかけられない。ダンとグレンは一度目を合わせた。溜息を吐いたグレンに手をとられる。
「お酒はさっき飲んだからもういいよ。――ダン。リタさんの家の場所教えてもらえるかな」
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