第二章 少年の叫び⑥
「こうして同行者が全員集まったわけだし、今後について話をしておきましょう」
エリスとラルフを起こし、自室に全員を集めたイヴァンジェリンはそう切り出した。
「一部説明したところはあるけれど、――改めて。わたくしたちが
「片道三週間ですか? 往復ではなくて?」
確か、グレンは
「グレンがどうやって戻って来たと思う?」
王女は言う。
「前にも言った通り、グレンは魔女に記憶を奪われたのよ。今のグレンに単独で
確かに今のグレンは記憶を失った影響か、以前のような強さはなくなってしまっているらしい。本人も以前そのことは言及していたし、ルーカスに指導されていた様子を見る限り、そこに間違いはないだろう。イヴァンジェリンの推測――いや、聖女の力で知りえた情報は正しいのだろう。
念のため、確認でグレンの方を見る。すると、「俺何も覚えてない。気づいたらどっかの治療室にいた」と答えが返って来た。ラルフが補足説明する。
「実際、グレンさんは
「グレンは魔法の素養がある騎士だけど、転移魔法なんて使えないわ。そもそも、転移魔法は正確に地図と地形を把握してないと発動出来ない。
確かに
「だから、おそらく行きにかかる日数は三週間。……帰りのことを考えると、ここに戻って来るには一ヶ月半はかかるわ。ある程度保存食は用意したけど、残りは現地調達になるわね。
話題にあがった魔導士はやっぱり恥ずかしそうに俯く。サバイバルに役立つ知識があるとは意外だ。ただ、ここまでの道中もよく本を読んでいる姿を見ていたから、知識豊富でもおかしくないかもしれない。
「どういうルートを通るのか。それはわたくしが出来るだけ危険の少ないものを選びます。戦闘や野営については慣れている貴方達の希望を優先しますが、行程についてはわたくしの指示に従ってもらいます。よくって?」
返事を求められたのはエリスだ。しかし、彼女は俯いたまま、何も言わなかった。――当然だ。今までリタは出来るだけ気にしないようにしていたが、エリスは王女が話を始める前からずっと笑いを堪えている。喋れるはずもない。
「っ、あははははははは!」
笑いが我慢しきれなくなったのだろう。エリスはとうとう吹き出してしまった。明るい笑声が部屋中に響く。
「あー! もう、無理! こんな状況なのに、王女様真面目に話してるんだもん! 笑い死んじゃうよ!!」
そう言って、エリスはバンバンと机を叩いた。一向に笑いが引く気配はない。「おい」と不機嫌そうな声が響いたのはイヴァンジェリンの下からだった。
「もういい加減気もすんだだろ! さっさと降りろ!!」
「あらあら、おかしいわね。椅子が喋っているわ。ふふふ、不思議なこともあるものね。ああ、可笑しい」
今朝、エリスを起こすために女性部屋に入ったルーカスはよりによって王女の着替えを目撃してしまった。王女を激怒させたルーカスは反省と謝罪のために、今は四つん這いになって椅子になりきることを求められている。
「さっきちゃんと謝っただろ! もういいじゃねえか」
「もしかして、お前は謝れば何でも許してもらえると思っているの? 本当に悪いことをしたと思うなら、心の底から謝罪をして、相手から許しを得ないといけないのよ。相手がそれで許してくれないなら、誠意を行動や形にしなくちゃいけないの。そんなことも分からないのかしら。許す許さないはわたくしが決めることなのよ」
「クソッ!」
今回の件は扉を開ける前にノックをしなかったルーカスが完全に悪い。
非が全て自分にあることが分かっているのだろう。ルーカスも酷く抵抗感を示しながらも、イヴァンジェリンの命令に従っている。しかし、相当不服なのだろう。ボソリと「別にあんなまな板見ても何も思わねえよ」と呟いた。その呟きは王女にもしっかり届いていた。
「あら? 本気で分かっていないようね。反省の意志が薄いのなら、お前の身体を周囲の女性の体形がどうなっていようが何も思えないようにしてやってもいいのよ」
「それ、王女の言うことか!? ――すみません。申し訳ございません。俺が悪うございました。どうかお許しください」
イヴァンジェリンの怒りが噴火寸前であることに気づいたルーカスは素直に白旗を振った。王女も溜息を吐くと、「でも、エリスが笑ってばかりで話が進まないのも確かね。罰はまた改めて下します」と
「わたくしたちの目的はこの国にかかった呪いを解くことです。この旅の失敗はこの国の滅びを意味していると思ってください」
「滅び、ねえ」
王女の言葉に腑に落ちないとでも言うように、ルーカスが呟いた。
「確かに北部の大噴火で被害に遭った奴等は大変だと思うが……別にあんなの頻発するようなことじゃねえだろ。国王の言う呪いっていうのも俺はしっくり来てねえんだよな」
確かにルーカスの言うことも分かる。
リタ自身も『呪い』のことはよく分かっていない。この国では本来災害は起きない。今回北部で大噴火が起きたのは魔女の仕業。――その程度の理解だ。
国王がそう発表したから、そのまま鵜呑みしているような状態だ。普段であればもう少し考えたのかもしれないが、その後、グレンが魔女討伐に向かったことで完全に意識はそちらにとられていた。今、この国で何が起こっているのかはよく分かっていない。
「ルーカス。お前、歳はいくつ?」
イヴァンジェリンは突然関係のない質問を口にした。ルーカスは困惑した表情を浮かべたものの、「二十六」と答えた。
「生まれはこの街で合っているかしら」
「そうだよ。それがどうした」
「なら、……十九年前。お前が七歳の頃のことは覚えているかしら。その頃、この街にこれほど傭兵はいた?」
王女の質問にルーカスは目を見開く。エリスが「そういえば」と口を開く。
「確かに、昔はこんなに傭兵いなかったよねー。
イヴァンジェリンは頷いた。
「十九年前から交易で行き交う商隊の数は然程変わっていないわ。……昨日、役人にも確認したわ。昔は魔獣が出る道は本当に一部だけだったのでしょう? でも、今はこの辺りで魔獣と遭遇しない場所なんてないわ。昔から商人たちは野盗対策で傭兵を雇ってはいたけれど、今のように魔獣と戦えるように大人数の護衛を雇う必要はなかった。どうしてそうなってしまったか、分かる?」
彼女は一度呼吸を置く。
「その理由は、この国の神の加護が薄れてきてしまっているからよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます