第一章 旅の同行者たち④
「改めて、紹介するわ。彼はラルフ・リヴィングストン。王宮で働く魔導士よ。若いながらも優秀で、様々な功績を残しているの」
「よ、よろしくお願いします」
そう言って、ペコリとラルフは頭を下げた。リタと視線が合うと、恥ずかしそうに視線を逸らした。
優秀な魔導士、という肩書とは少しギャップを感じる態度だ。人見知りか、恥ずかしがり屋なのだろうか。しかし、リタは既に彼の実力の片鱗を見せつけられているため、彼の能力を疑う余地はなかった。
先ほど、ラルフはダンを王都まで転移させた。そもそも、最初に三人が現われたのも転移魔法だろう。転移魔法はよっぽどの実力者じゃなければ使えないと聞く。それも、ある程度の移動場所に誤差が出るらしい。目的地ピッタリに転移するというのは只者ではないのだろう。
その上、今、馬車を走らせているのもラルフの魔法だ。どういう理屈かは知らないが、魔法をかけられた馬たちは御者もいないのに勝手に走っている。曲がった道もきちんと進んでいく様子は自動車の自動運転機能を思い出す。――もっとも、あれも前世のリタがいた頃も補助程度に留まり、完全に運転を任せられる代物ではなかったが。
「ラルフ。先ほど説明した通りよ。彼女がリタ。わたくしの下僕として、旅に同行するわ」
「……よろしくお願いします」
何とも酷い説明だが、反論するのも恐ろしい。リタは言いたいことを飲み込んで、お辞儀をした。最後に王女はチラリと床に転がっている物に視線を向ける。
「あとは――まあ、紹介するまでもないわね。それがグレンよ」
未だ、グレンはイヴァンジェリンの魔法で喋れない状態だ。先ほどまで身動きをしていたが、今はもう疲れたのか、諦めたのか、ぐったりしたまま動かない。ようやく、リタは疑問を王女にぶつけられるタイミングが来たことに気づいた。
「あの、何でグレンもここにいるんですか!?」
「何故って、当たり前でしょう? 彼も旅の同行者の一人だからよ」
その言葉にリタは絶句した。まさか、グレンも一緒に
「そろそろ、ちゃんと説明してもいいかしらね」
イヴァンジェリンはそう言うと、グレンに近づき、猿轡を外した。同時に指を振り上げると、グレンの喉から僅かに音が漏れた。話せるようになったことに気づいたグレンは声を張り上げる。
「一体、何のつもりだ! お前達誰だよ!」
精神年齢が十二歳まで戻っているせいだろう。響く声音はいつもより高く、幼く聞こえる。王女はグレンを見下ろしたまま答えた。
「あら、わたくしのことを知らないとは言わせないわよ? 今の貴方でも、以前会ったことがあるでしょう。この国の王女、イヴァンジェリンよ」
その言葉にグレンは絶句していた。――気持ちは分からなくもない。聖女の座につく王女がこんな横暴な人間とはリタも知りたくなかった。
「お、王女殿下はまだ四歳で」
「まだ、そんなことを言っているの? いい加減理解なさい。ここは貴方にとって十二年後の世界。私は今年で十六です。わたくしと結婚する話も出ているでしょう。聞いていないの?」
縁談話はグレンも初耳だったらしい。「嘘だ」と呟いたきり、黙り込んでしまった。リタはグレンの反応に驚く。イヴァンジェリンは自分の胸に手を当て、言葉を続ける。
「兎に角、今この国には危機が迫っている。この国を救うには
リタに話したときと同じように、イヴァンジェリンは不遜な態度だ。決して逆らえない、王者のような雰囲気を出している。しかし、グレンは彼女に噛みついた。
「
見開かれた瞳に浮かぶのは驚愕と恐怖の感情だ。
「この四人で!? ――死ぬに決まってる!」
そもそもグレンは単身で
「あら、わたくしたちだけではないわ。あと二人、同行者は増えるわ」
王女は何でもないことのように答える。
「流石にこの四人で向かうほどわたくしも愚かではないわ。ラルフは魔導士、わたくしも魔法は使えるけど、接近戦は出来ないもの。貴方に記憶さえあれば前衛はお願い出来るけど、そうじゃないでしょう? 魔獣と近距離で戦えて、ある程度野営にも慣れた人間が必要よ。
イヴァンジェリンは王都を離れたことがない。あの身分の高さでは知り合いの傭兵もいないだろう。それなのに、彼女はやはり決定事項のように言葉を口にする。
グレンは呟く。
「無謀だ」
「例えそうでも、わたくしたちは“
王女の意志は固い。
「貴方もアークライト家の者でしょう。国を守る義務については教えられているはずよ。
しかし、グレンも頑なであった。
「……そんなの無理だよ」
それはどこか諦めたような声音だった。グレンは目を伏せる。
「アンタ達が
――まるで、グレンはリタのようなことを言い出した。
リタは混乱する。グレンは強い。その片鱗はリタも見たことがあるし、彼は実際に
「呆れた」
大仰な溜息を吐いたのはイヴァンジェリンだ。
「本当に呆れたわ。十二年前の貴方のことは少し話には聞いていたけど、ここまで腑抜けだなんて」
イヴァンジェリンはそう言うと、馬車の中だというのに立ち上がった。
「良いこと? わたくしだって本当ならお前みたいな役立たず連れていきたくはないのよ。『足を引っ張る』? 『置いていった方が良い』? ――よく分かってるじゃない。お前みたいに覚悟が決まっていない中途半端な人間を連れていっていいほど、
グレンの態度はよっぽど王女の気に障ったらしい。彼女は今まで見たことないほど怒りをあらわにしていた。
「それでも、わたくしはお前を連れていきます。それが必要なことだからです。お前に選択権なんてないの。どちらにせよ、王都からもう大分離れているわ。お前一人では王都に戻ることは出来るの?」
確かに既に王都の姿は見えなくなっている。歩いて戻る頃には夜になっているだろう。しかし、一晩野宿して戻ることは出来なくはない。リタだったらそうして戻る。
しかし、イヴァンジェリンの言葉にグレンは顔を青くして黙り込んでしまった。精神的には十二歳の少年にはまだそういった逞しさはまだ備わっていないらしい。
「勿論、これから立ち寄る国境近くの街で他の人に助けを乞うてもいいわ。でも、貴方に相手が善人か悪人か判断出来るかしら。お金もないのに、王都に戻る助力を他人に乞える? 今まで屋敷を殆ど出たことも、知らない人と話したことも殆どないお前に、それが出来るの?」
返答がないのが答えだった。
「黙って着いてきなさい。それが結果的には貴方のためになるわ」
イヴァンジェリンはそう言うと、再び席に座った。
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