第一章 旅の同行者たち①
「そんな無理ですって」
「あら。お前は一体誰に口を利いてるつもりなのかしら」
イヴァンジェリンによって牢を出ることが出来たリタは、あれよあれよという間に王宮に連れて来られていた。
リタの勤める酒場と同じくらい広い部屋。これまた大きな寝台やソファ、テーブルが並ぶ。どれも上等な一級品であることはすぐ見て取れる。イヴァンジェリンはソファでゆっくりと寛ぎながら、こちらを見上げた。
「わたくしは聖女なのよ。主のお力で、普通の人間には知りえないことを多く知っているの。――今朝、未来を視たわ。わたくしがこの国とグレンの呪いを解く夢よ。そこにはお前もいた。あの未来を導くためにはお前も必要なのよ。それとも、お前はわたくしの
「……そういう訳じゃないですけど」
彼女の能力は本物だろうが、やっぱり彼女の言うことは信じがたい。
運動神経や体力には自信があるが、それは一般的な同世代の女性に比べての話だ。“
イヴァンジェリンはどこか煩わしそうに溜息をつく。
「まあ、いいわ。今夜は部屋を用意させているからそこで休みなさい。明日同行者を集めて、出発するから。そのつもりでいなさい」
「――明日ですか?」
リタは目を見開く。あまりにも性急過ぎやしないだろうか。
「当たり前でしょう。事態は一刻を争うのよ。あまり悠長にしていたら、お父様に勘付かれて邪魔をされてしまう」
「邪魔、ですか?」
聖女の未来視は絶対的なものだ。国王と云えど、無碍に出来ないはずなのだが。
王女は眉間に皺を寄せ、頭を押さえた。
「まあ、いいわ。先に説明しておきましょう。――リタ。この国の国王は筆舌つくしがたい愚か者なのです」
儚げな王女の口からまた毒が吐かれた。国王とはつまり彼女にとって父親だろうに。『筆舌つくしがたい愚か者』と表現するのはどういうことなのだろうか。
「この国の
リタは政治には詳しくない。
ただ、表立って文句を言うような人もいないので、この国の統率者の能力は問題ないと思ってきた。少なくとも、リタ自身も役人や騎士に対して不満を抱いたことは殆どない。それを王女は父親ではなく、臣下のおかげだと言う。
「お父様は本気で魔女を討伐出来たと信じてる。だから、わたくしの言葉に耳を傾けてくださらない。改めて
淡々と話すイヴァンジェリンの表情はどこか失望したようなものだった。
「でも、聖女の未来視を信じないなんて」
「……そういう人なのよ。娘の言うことより、自分が信じていることを信じるの」
吐き捨てるような言い方は、決して父親に対してのものに聞こえなかった。
リタは考える。
リタも前世も、父親とはそれなりに上手く関係性を築けていた。リタが今ここにいるのはリタの気持ちを父親が尊重してくれた結果だし、前世の父親も娘がどうしても私立高校に行きたいと頼み込んだとき「ちゃんと勉強に励むこと」と条件付きながら許してくれた。娘の言うことを聞かない父親というものは存在自体は知っているが、実際に目の当たりにしたことはない。
イヴァンジェリンはこの国の王女だ。聖女の能力を持ち、この国で最も尊ぶべき女性と言っても過言ではないだろう。これほど広い部屋を与えられ、食事や服に苦労したこともないだろう。なのに、父親と上手くコミュニケーションがとれていないというのは少し不憫に思えた。
「だから、今回の旅は極秘裏に出発する必要があるわ。決して、お父様に悟られてはいけないの。それも、出来るだけ早く王都を出る必要があるわ」
それからイヴァンジェリンは懐から二枚の紙を取り出した。
手渡された一枚目紙にはズラリと日用品、食料品等が箇条書きで並んでいる。中には馬車という単語まであった。
もう一枚は地図だ。王都から少し離れた地点に印がされており、明日の昼過ぎの時刻が書かれている。
王女の説明が入る。
「わたくしは他の同行者に会いに行くからお前はその間に旅に必要なものを買い揃えておいて。地図に書いてある場所、時間に落ち合いましょう」
彼女は今度は巾着を渡してきた。
受け取った瞬間、中で金属がぶつかり合うガシャリという音が響く。ずしりと重い巾着の中身はおそらく貨幣なのだろうが――一体、どれくらいの金額が入っているのかは想像したくない。
ひきつった表情のまま、リタは買い物リストと巾着を受け取る。イヴァンジェリンはテーブルに置いてあった呼び鈴を鳴らす。するとすぐに扉がノックされ、「いかがなさいましたか」と数人の侍女が現れた。
「わたくしは今日はもう休みます。彼女を部屋に案内してあげて」
「かしこまりました」と綺麗なお辞儀をし、一人の侍女がリタに近づいて来る。「こちらへ」と促され、リタはその侍女と王女の顔を見比べた。イヴァンジェリンはニッコリと微笑む。
「ではおやすみなさい。ゆっくり休みなさい」
「……はい、おやすみなさいませ」
反論を許さないというオーラにリタは素直に挨拶を返す。
侍女に連れられ、リタが部屋を出ようとした直前、「そうだ」と思い出したように王女は口を開いた。立ち上がり、そっと耳打ちをしてくる。
「先程の件なのだけど、貴方一人では大変でしょう? ダンを協力者にすることを許すわ」
リタは固まった。
何故、王女はダンのことを知っているのだ。彼女はダンに会っていないはずなのに。――しかし、それは愚問なのだろう。だって、彼女は聖女だ。普通の人には知りえないことも知ることが出来る。
「他の人には話しては駄目よ」
彼女はそう微笑む。
侍女に促され、今度こそリタは王女の私室を後にすることになった。
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