ささくれを引っ張っただけなのに


 ささくれってあると引っ張りたくならない? 俺はそう。

 爪の脇のささくれとか、ついどこかに引っかかると気になる。顔とか目とか擦った時にささくれが顔をひっかくと痛いし。

 爪切りで切れって? 解るけど都合よく爪切りが傍にないことの方が多いじゃん? だから、ささくれを引っ張ちゃう。引き抜いちゃう。


 結論から話しちゃうけど、右人差し指を切ることになった。

 だからね。いや、怖かったんだよ。怖い話でしょ? これが俺の怖かった話……


 あの時もそうだった。

 中学二年の、中二病真っ盛りの頃。大人と子供の間で、まだ馬鹿な遊びもやってた頃。

 当時は衛生観念とか薄くて、スナック菓子を喰った手を舐めてゲームのコントローラー握ったりしてたし、どぶ川のザリガニを素手で掴んだりしてた。今はちゃんとしてるけど、トイレから出た時に手を洗わなかったりとか石鹸使わなかったりとか。いや、男はよくあるって。

 そもそも、今でも時々忘れるんだけど、当時は手のケアとか全然しないんよ。手荒れしてても特に気にしなかったし、爪が黒くなってても気にしなかった。

 で、そんだけ荒れてればささくれもできる。ささくれは引っ張って抜いちゃってた。


 そうして、右人差し指の爪の脇に出来たささくれを、いつも通り引き抜いた数日後。右人差し指が、心臓の音に反応するようにズキズキしていることに気付いた。

 右人差し指は赤くほのかに腫れ、熱を持っていた。触るだけでも痛かったので、絆創膏を貼り付けて放っておいた。だってゲームをやりたかったから。

 当時、格闘ゲームで新作が出てて、よくポテチかじりながら友達とガンガン対戦してたんだけど、右人差し指が痛いとちょっと反応が遅れちゃうことがあって……いや、負け惜しみかもしんないけど。

 そんな状態でもゲームが楽しくてさ。宿題も何もかも放り出して、ゲームばっかりやってた。当時はプロゲーマーという概念が無かったころだけど、真面目にゲームで食っていけたらなって思うぐらいゲームが大好きだった。だから、ある種ゲームが麻酔だったのかもしれない。いや、現実逃避させてくれる物だった。

 でもコントローラーを握り込むと、まるでお湯の中でぶよぶよに水膨れした皮膚をごりごりとずらしてる様な、鈍い痛みがあったんだ。

 つまるところ、ささくれを引っ張った結果小さな傷口ができて、その傷口は膿んでしまっていたんだと思う。


 といっても、それ以前にも膿が溜まることはあったんよ。だから油断してた。

 数日たてば勝手に膿は退くだろうと。だから絆創膏の下で心臓の音に合わせて脈打ってても、骨と皮膚の間に何かごりごりした感覚が有っても、きっと大丈夫だと言い聞かせてた。もちろん、大丈夫じゃなかった。


 それから三日、いや四日ぐらいかな? 指がパンパンに腫れてて、流石に親が気付いた。数日貼りっぱなしの絆創膏が剝がされて、黄色い膿が噴き出す傷口が露わになった。ああなると傷口って独特の臭いがするのな。親が傷口を検めるために指を抓んだ途端、指先から手首へ千枚通しを通されるような痛みが走った。

 手を抱えて痛みに悶えるも痛みを感じる俺に、親から恐怖の一言が飛んできたのを今でも覚えてる。


「あんたこれ、膿が溜まってる。切らないといけないよ。病院にって、お医者さんに切ってもらおう」


 ふっと脳裏に、医療漫画物で似たような回があったのを思い出した。

 その漫画では、悪くなった腕を切断するって描写があったのよ。そのまま悪くなった腕を残したままだと、毒が全身に回って死ぬことになる。だから切らなきゃいけないと……心臓の脈に合わせて、膿が全身を駆け巡るのが、脈動する痛みで感じていたから、俺は心底怖くなった。


 指を切り落とすのか、と……


 そしたらゲームができなくなるな、ってのが怖かったけど、それ以上に、体の一部を切り落とさなきゃいけないってことに心底恐怖した。

 あんまりにも怖いんで、嫌だ嫌だと親に泣いて訴えたが、親は容赦なく俺を皮膚科へ連れて行った。お医者さんがすっかり涙の枯れた俺の指を抓んでまた言うんだよ。


「じゃあ、メスで切りましょう」


 逃げ出そうとする俺を、親と看護婦さんが両脇から抑え込み、麻酔も無く診察室で……俺は思わず中年の看護婦さんに抱き着いて顔をうずめた。そうして、泣き叫びながら痛みと気持ちの悪さに耐えた。

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