第15話 ギターの監獄
歌声。
カーテンから溢れる朝の日差しに目を細め、気怠さの残る体を起こす。
視線の先に映るその人は、お気に入りらしいアコースティックギターを腕の中で踊らせていた。
下手くそだと笑ったはずのコード進行はいつの間にか驚くほどスムーズになっていて、思いがけず時間の経過を意識する。
満たされていたはずの感情もあっという間に漣に攫われて、ただ虚しさだけが残った。
柔らかな歌声が耳に届けば、癖のようにビートを刻む私の指先。
そのわずかな振動を感じ取ったらしい彼が、ギターを置いて振り向いた。
「起きた?」
おはよ、と存外優しい瞳で彼が微笑むから、どうしようもなく胸が苦しい。
痛い。
幸せなはずのこの時間が、どうして私を縛る枷になるのだろう。
答えなんて分かりきっているはずなのに、何も知らないふりをした。
ふ、と笑った彼の唇が、柔らかな音を立てて私の頬に触れる。
くすぐったくて身じろぐ私の唇に彼のそれが重なって、再び柔らかな音を立てた。
二回、三回。
何度も重なる温もりに眩暈がする。
私は、忘れない。
昨日の夜、君が何を言ったのか。
誰の名前を呼んだのか。
そしてそれは、私じゃなかった。
代わりってことくらいわかってる。
わかっていたはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
ぎゅ、と、涙が溢れそうになった瞳を閉じる。
瞼の向こうで、彼が息を飲んだ気配がした。
おそるおそる開いた瞳の先の彼のひどく苦しそうな顔と、今にも泣き出しそうなその表情。
いつの間にか押し倒されていた布団の上で、骨ばった手が私の頬を撫でる。
いつもの合図に首を振って、私はその無自覚で緩やかな束縛から抜け出した。
「ごめんね」
どちらの言葉か、もうわからない。
わからない、けれど。
さよならと言い残した私の向こうで、彼の手のひらがゆらゆらと揺れる。
ありがとう、またね。
そう言って彼がまた優しく笑うから、また深みに嵌ってしまったような気さえする。
逃げ出せない、檻の中。
初夏の爽やかな風に甘ったるい香水をのせて、私はまた歩き出す。
振り切れずにいた彼の体温が、まだそこに残っているような気がした。
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