第4話 月が綺麗な

「月が綺麗ですね」

なんて言葉は君には届かないらしい。

張り詰めた僕の空気感さえ飲み込んで、君はいつもみたいにそのゆるい内巻きの髪を指先でくるりと回した。

薄くグロスの塗られた形の良い唇からささやかな吐息が漏れる。

それが溜息なのか、僕には想像もつかない。

わかるのは彼女が髪を弄ぶときは何か考えているとき、ということのみ。

降りる沈黙。

君がそっと口を開いた。

「私には月なんて見えないの。」

夜空に輝く眩い月が、ゆっくりと浸食されていく。

平行線だ。

二つの影は交わらない。

未来は来ない。

それなのに、ふわりと笑った君は今まで見たどの姿よりもずっと綺麗で、僕はまた君に溺れていくことを知った。

朝日が来れば光に溶けるその現象に、僕はただ見惚れている。

僕に君は喰らえない、溶け合うこともきっとない。

どうしようもないこの関係は、まるで今夜の月食みたいだった。

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