第三十八話 死闘 その三

 ビジターセンターの一階、二階では何度となく轟音が建物を揺らしている。


 すでに、現代建築の瀟洒な外観は見る影もなく、所々に爆撃を受けたような大穴が空き、鉄骨がむき出しになっていた。


 金戸石は防戦と逃亡を続けている。


 先程まで忠平とタッグバトルをしていたはずが、いつの間にか二頭の巨獣に一人で戦う羽目になっている。


 いかに無類の耐久力と怪力を持つとはいえ二頭を相手取ると流石に分が悪い。


 会議室フロアに陣取り、机やら椅子を固めてバリゲードにして猛攻をなんとか凌いでいた。


 ――あの狐ヤロ、「任せる」とか言って自分だけトンズラしよって。


 しかしながら無線から『儀門、拘束』の報が流れると、薄々感づいていたとはいえその真意を知り、笑みがこぼれた。


 その時、会議室のバリゲードを破壊して侵入しかけた一頭の鼻面に一撃をお見舞いする。


 しかし、もう片方のバリゲードを突破した一頭の体当たりが金戸石の背中を襲う。


 常人なら脊椎を折られ、マウントポジションで血祭りに上げられるところを、まるで後ろから押されたぐらいの感覚で、転がりながらやり過ごす。


 振り返って巨大なスレッジハンマーを振り下ろす。


 羆の脳天を粉砕した、と思ったが、剛毛という装甲がそれを妨げた。鉄槌が滑って床に衝突し、亀裂が走る。


「ありゃ」


 床面があっけなく崩れた。


 またもや金戸石は素っ頓狂な声を上げながら下階へ転がり落ちていった。


 ◇


 一階から半地下につながるホール周辺は破壊と殺戮の舞台となっていた。


 まさしく戦場の様相であった。


 弾痕のように壁には無数の穴が空き、かつて座席だった場所はクレーター状の破壊でコンクリ面がむき出しになっていた。

 

 その跡に無惨な死体がいくつも転がっている。

 

 鬼人化した哀れなゲンティアナの会員達の成れの果てであった。


 運良くホールから脱出できたものも、碓井の式神に追われるか、建物の片隅にうずくまって戦いが終わるのを待つしかなかった。

 

 ステージがあった場所には、元長身の男性スタッフであった巨大な鬼が我が物顔で鎮座している。

 

 対する警捜室きっての戦闘狂も、流石に息を荒げている。が、その表情は愉悦そのものである。心底戦いを楽しんでいるのだ。


 何百回も刺突を繰り込んだが、驚異の耐久力と、再生力で回復されてしまう。


 それを知ってか、巨大鬼は余裕の構えで颯を見据えている。


 槍の予備はあと一本。


 自身の余力も僅かである。

 

 逃げるという選択肢はない。一か八か――。


 急に天井が崩壊し、「ぐぎゃ」というカエルを潰したような声とともによく見知った金髪の女が颯の後方に降ってきた。


 「へへ、颯兄、生きてそうやな」


 埃だらけのくすんだ金髪をかき上げ、背中合わせに立つ、金戸石。


「そっちは、クマ二頭、狐野郎に押し付けられたか」


「そうなんやって、手柄だけ取られてもうたわ」


「こっちはデカブツ一匹……なら」


選手交代スイッチだ!」


 二人は同時に叫ぶと、立ち位置を反転させて、相対する敵を変えて、突撃する。


 最終ラウンドの幕開けだ。


 羆は二階から執念深く獲物を追ってきた。しかし元ロングヘアが威嚇をしようとしたその隙に口腔へ豪熱の槍の穂先がねじ込まれ、そのまま肛門まで貫通した。


 元アップスタイルの羆は仲間が串焼きになる様子をみて、非道を訴えるかのように吼えた。そのまま巨体を揺らし無双の狩人に飛びかかる。


 颯は巨体を飛び越えもう一本の槍を巨獣の心臓目掛け連突する。


 二本足で立ち上がって威圧からのボディプレスを決めるつもりだったようだが、それが裏目に出た。


 羆の心臓は見事にくり抜かれ、壁に飛び散った。


 巨大な鬼と渡り合う金戸石は颯が仕留めたのを察知すると、大振りの振り下ろし攻撃を避け股抜きで鬼の背後を取った。


「うぉらぁぁぁぁ!!全力やぁ!!!」


 鬼のバックを取った金戸石が腰に手を回して思い切りのけぞる。


 なんという怪力であろうか、体格、体重差をものともせず、巨大な体躯が浮いた。 

 

 巨大な鬼の欠点は強大な膂力の反面、コントロールする感覚が追いついていないことにあった。


 大型昆虫のように手足をバタつかせるだけで、小さな巨人を止めることはできない。

 

「往生せいやぁぁぁ!!」


 大喝とともジャーマンスープレックスが見事に決まって、鬼の頚椎は自重により、岩が破砕されたような、くぐもった音を鳴らした。


 そこに巨大な火の玉となったヒグマの屍体が降ってくる。

 

 さらに身動きの取れない巨大鬼の土手っ腹に火砕弾となった颯が突っ込む。

「このまま燃えつきろ!!」


 颯は全力を絞り出す。


 全身が光耀として、彼自身が高熱の弾丸となっていた。


力を微塵も残す気はなかった。


 金戸石は慌てて、崩壊した舞台の奈落部分に逃げ込む。


 魔獣の身体が燃料となり、火力が増幅された。


鬼の腹部はみるみる炭化し、ブリッジの頂点部分から胴体は高火力で溶断された。


 暴風のような断末魔を上げて、巨大鬼は斃れた。


 ☆


 忠平は無言でうなだれる儀門を壁に押し付け、行動の自由を奪った。


「はは……お見事お見事。でも、そっちの吒枳尼天、加勢が入ったようだけど随分分が悪いねぇ。彼を止められなければ、こっちの逆転すらある」


「黙れ外道」


「ヒィ……僕らのやろうとした事も、君等が今やってることも本質的には変わらない。人殺しさ。結果だけが違うだけ」


 儀門の饒舌は顔面を押さえつけられ遮られた。


 春賀が片足を引きずりながら近付く。


「ここは僕に任せろ。どうせこの脚では鉄塔まで行けない。君がもう一柱の吒枳尼天を止めろ」


「わかった。儀門を頼む」


「貴様には協力してもらう、正確には貴様の装備だがな」


 とどめの一撃のみぞおちにお見舞いすると、儀門は白目を剥いて悶絶した。


 忠平は山頂の、禍吉の発生源のごとく光と闇が螺旋状に発生する電波塔へ目をやる。


 すべてを終わらせる、時が到来した。

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