第三十二話 共闘

 忠平と柴はそのまま市境近くにある園地化されている滝公園に連行された。


 そこには春賀、卜部、金戸石と渡辺颯、頭部に包帯を巻かれたSPの奥平がいた。


 「やあ、よく来てくれた」


「挨拶はいいからさっさと本題に入ろう?」


 春賀が笑顔で出迎えたが、横の卜部の声は厳しい。


「時間がないのは確かだ。早速はじめよう」


 滝公園の駐車場に簡易的なブリーフィングルームが設けられていた。


 碓井の仕切りですぐに説明が始まった。


「見ての通り、我々警捜室はかなりの痛手を負いました。しかし、これでは終われません。我々作戦一班だけで作戦を継続します」


「ようはウエに黙って儀門ぶっ倒すっちゅーことや、まあ宇多ちゃん、上司も覚悟してるしな。奥平ちゃんは仇討ちで黙って参加だって」


 金戸石が無邪気に笑っているが、やっている事は警察の風上にも置けない独断専行行為だ。


「概要を説明します。そこの新聞記者が調べた通り、ゲンティアナの会員と社員およそ三百人程度が正宮山ビジターセンター『正宮の杜』に集結しています。当然彼らは儀門の術を受けたものです」


「我々は今からビジターセンターに突入し、儀門を討つ。もう一柱の吒枳尼天もだ」


「『天網』ですでに周囲を調査済みよ。敵もその事は感知しているはずだけど」


 大型バンの外面が回転し、大型の液晶に正宮山の地形図が映し出される。その上に赤い点が散在している。ざっと三百以上はあるがおそらく会員以外の獣化・鬼化したモノも集結しているのだろう。


「ビジターセンターまで行くのに呪力の発生を感知されれば『聖域』を発動され、こちらの呪的、霊的能力は全て制限されてしまいます。呪符の使用も含めて」


「すでに『聖域』が発動している、ということは?」


 忠平は尋ねた。


「それは今のところない。流石に我々も三度も同じ手を食らうほど間抜けじゃない。

 分析した結果、『聖域』とはこの地の寺社仏閣、山岳信仰などの在来結界を霊力で結合、増幅して発現するもののようだ。電子巫座をわずかでも霊力の結合が見えた時点でアラームが発動するように『調整』済みだ。

 そしておそらくだが今の吒枳尼天にはそこまで継続して展開する力はない。自身が不完全だからこそ、薬師峰瑠璃を略取し、完全に同化すること、それが儀門ともう一柱の吒枳尼天の目的だ。」


「作戦概要を説明します。呪法無しで山道からバンで奇襲をかけ、薬師峰瑠璃を奪還します。彼女の『聖域』を発動させて相手の『聖域』を制限または相殺。その上で儀門ともう一人の吒枳尼天を討伐します」


「そない簡単でええの?あの可愛いコちゃんが無事でいることが前提やけど」


「それは安心して。『天網』でもあの女の霊力波長は掴んでる。ここね」


 卜部が液晶の地形図でビジターセンターのすみに二つの点があり、そこが赤いマルで囲われた。


「寝てるのか、何をしてるのか知らないけど、あの女は引っ叩いてでも起こして、手伝ってもらうから」


「真城市側から伸びる正宮山スカイラインが最短距離で詰められますが、当然ここは封鎖されています。工事車両を装っていますがおそらく儀門の手のものです」


 液晶画面に二車線の山道に鎮座する大型のトラックと人型。それが真城市国道側とスカイラインの終点である真城市中山間部の佃手つくで側と一台ずつ鎮座して道路を封鎖している。


 警捜室が無理矢理突破しようとすれば、妨害された上で『聖域』が発動し、無力化されるだろう。その後はもう一方の車両に背後から轢き潰される未来が予知能力無しでも視える。


 一般の警察が職務質問したとしてもはたしてどうなるか、想像に難くない。


「他のルートは?」


「そこは地元記者の私が」


 隅で様子を伺っていた柴が手を挙げた。


「この正宮山は登山の盛んなところでして、その表登山道に沿って舗装山道が走っているんです。もっと南、そう、そこです。この道は最終的にはスカイラインに合流できます」


 柴が画像の前に出て指示する。


「スカイラインを行くよりは障害が少ないのでは?」


「周囲に全く敵がいないわけではないけど、これなら行けるかも」


「まあ、露払いは霊障のない俺とかがみと奥平、そこの〝狐〟でやればいい」


 はやてはまるで遊びに行くような気楽さだ。


 春賀は顎に手を当てて一考の後、裁を下した。


「決まりだ、この山道を使って山頂域まで向かう」


「あとアンタ、狐は露払い以外にも大事な役割があるから。アンタがあの〝眠り姫〟を起こすんだからね」


「由華の言う通り、誓約者と神同士は当然、感応性が高い。だから君が反撃の嚆矢を放て」


 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の精神なのか妙に高圧的な卜部のものいいである。反して以前敵であったとは思えない柔和さだ。


「じゃあ決まりだな頼むぜ、狐。惜しいが一番槍は譲ってやるよ」


「よろしくなー、コンちゃん」


 颯が立ち上がって忠平の肩を叩いた。


 金戸石と颯の態度は妙に馴れ馴れしい。


「狐、凪川稲荷では助かった。俺も独断で敵討ちに来た。お前と似たようなもんだ。頼むぞ」


 奥平は忠平達を監視していた時の無愛想な印象から打って変わっておかしいほど柔らかい。忠平に恩義を感じているのだろう。


「佐上さん、いやぁこれは熱い展開ですね。僕は一旦下界から事のあり様を見守っていますよ。無事に事を成し遂げたら、インタビュー、よろしくお願いしますね」


「柴さん、色々世話になりました。その際は全面的に協力します、二人でね」


「そう、二人で」


 柴は帽子を脱いで胸に当て、戦場いくさばに赴く彼らの手向けとした。


 成り行きで作られた奇妙な共闘であったが、忠平の意思は更に強く固められた。


 ――薬師峰、待ってろよ。


 そう心の中で呟いた。

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