第三十三話 野望

 正宮山せいぐうさん


 凪川市の北部、真城しんしろ市、岡埼おかざき市との境目に位置する山岳である。


 この地方に千メートルを超える高い山はない。

 しかしながら一際目を引く紡錘状の頂きと東西に伸びる着物のように優雅な山裾は、この山が盟主的位置づけにあることを疑わせない。


 山岳信仰の対象であり、この東穂地方の国造り神話が存在する。山頂から少し離れた所には神代に大国主命おおくにぬしのみことがこの地を治めるにあたり覗き見た場所、国見岩が祀られ、十鹿神社の奥宮が鎮座する。


 近世から奥宮神社登拝が隆盛し、現在に至るまで表参道と呼ばれる登山口には多数の登山者が往来する。


その神聖さとは裏腹に、正宮山山頂直下まで無粋に伸びるアスファルトの道路、正宮山スカイラインは、高度経済成長期に建設されたものであった。


 その終着点に近年、かつてその園地として整備されていた箇所に、既存設備の更新という名目で建設されたのがビジターセンター『正宮の杜』である。


 ビジターセンターとしての機能、正宮山の地質、自然に対する教育を司る施設であるほか、三百人クラスのホールとハイクラス向けの宿泊機能ある併設していた。


 そのホールの中に、男女、年齢も様々な三百人程が集まり、主催者の登壇を今かと待ち侘びている。


 参加者は全てゲンティアナのサポータークラブの会員で、その会員に向けて行われる特別会合とファンのゲンティアナに対する貢献表彰会も兼ねて行われていた。


 客席の動きが落ち着いたタイミングで、司会役の女性スタッフがようやく上手から壇上へ小走りに駆け込んできた。


「皆さんこんにちは!!お待たせしました!只今から第三回ゲンティアナサポータークラブのファンミーティングを開催します!」


 若々しい女性スタッフの声に参加者は満場の拍手で応えた。


「では時間も押していますので早速登場して頂きましょう!株式会社ゲンティアナ代表、儀門清明からご挨拶です!」


 淡いグレーのスーツに身を包んだ儀門が颯爽と登場し、拍手は更に大きくホールに響いた。スタッフから中央へ案内された儀門はヘッドマイクを着用した。


「皆さん、こんにちは!!儀門でーす!いやぁ、ここは空調が効いてますけど、凄いですね、皆さんの熱気が!」


 拍手と笑い声が起こった。


 儀門は二三、冗談を交えながらセオリー通り、会社の経歴と事業の状況を解説し終えたのち、一つ呼吸を挟んでまた話し続けた。


「さて、これまでゲンティアナのあゆみ、そしてそれを支え続けてくれた会員の皆様、其中から特に優秀な成績を修めた皆様を表彰しました。本当に本当に素晴らしい。


 しかしながらね、現代社会の病理、精神的苦痛を訴える人の声というのは知っての通り、年々増加の一途をたどっています。


 仏教の言葉に応病与薬おうびょうよやく、というものがあります。医者が患者を診察して薬を与えるように、その人その人、その時に合わせた説法をするべきという考えです。でもね、現代人に蔓延る病気、とくに心の不調、病というのはそう簡単なものではない。


 病気でありながらもそれに気づかず、気付いた時には重篤化していることがなんと多いことか!

 皆さんのようにセルフケア出来て、さらに他の人を癒せる人はそんなに多く世の中はないということです。皆さんは貴重な存在なんです。

 そしてそれだけ、癒しや薬を求める人々は多いということです。

 ですから今一度、どうか私に力をお貸しください!

皆様一人一人が『癒し手』となって、この病める現代社会の『薬』となっていただきたいのです!


 会場がこれまでで最大の拍手と歓声に包まれた。


 ――場は整ったな。儀門はスポットライトと讃美を体全体で受け止めながら、心の中は極めて冷静であった。


 この会場にいる全ての会員は変生の術を受け、十分に馴染ませている。

 自分でもでまかせじみたスピーチなのは承知の上だった。


 あの吒枳尼天が真の力、陰陽一如を成し遂げ、

 これから彼はこの会員を鬼と魔獣に『変生』させる。彼らは人間の捕食者でありながら癒し手でもある。不安と安寧をエサに、そうして隣県はおろか関東、東京までこの軍団を進軍させ増殖させるのだ。


 フフ、まるで現代の〝ええじゃないか〟だな。

ただそれがもたらすものが狂騒ではなく破滅なのだが――。


 無論、それだけが計画ではない。もう一つの計画も着々と進んでいた。それはこの国だけでなく世界にまで影響を及ぼすものだ。


 そして最後に訪れる完全なる日常の崩壊。世界の変貌。それが、儀門の目的であった。


 破壊したあとに求めるものはない。あとは他の者がそれぞれ行う。


 私はそれを傍らからずっと眺めているだけでよい――。


 元々は閉鎖的な田舎に対する反発と都会に対する嫉妬が彼の計画の源流であったが、今やそれは純粋な破壊衝動に昇華していた。


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