第三十一話 盗人にも……

 山間の県道沿いのコンビニ駐車場に、柴叡也は車を停めていた。

 

 ちょうど彼もイベントの取材ののち騒がしくなった市街と緊急車両を目の当たりにして凪川稲荷付近まで訪れていたのだ。


 薬師峰の術で死の淵から蘇った男、佐上忠平は車内で一心不乱に食事を摂っている。


「柴さん、色々とすみません、着替えその他諸々持ってきていただいて」


「いや、僕はいいんですよ。ちょうどイベントの取材に来ていたところでしたし。しかし、どえらい話しになってきましたね」


「食後に少し時間をください。参考になるか分かりませんが儀門の追加資料を持ってきました」


 忠平がサラダチキン三個を紙パックのお茶で流し込んだあとを見計らって柴は分厚い紙の束を渡してきた。


「これは……よく調べましたね、こんなに。ひょっとして暇」


「暇じゃないですよ、記者魂ってやつですよ。むしろこれだけの仕事只でやっているんですよ。感謝して下さい」


「これは失礼しました」


 わざとらしく柴は口を尖らせて抗議の意を示した。


 分厚いA4サイズのコピー用紙の束。手に取るとそこには儀門清明のホームページに書かれていない経歴や家族構成まで記載されている。


「儀門清明、本名遠藤清明えんどうきよあき。家族構成は父母、と弟の四人家族です。実家は真言宗の寺院で現在は外部から住職を招いています。


 どうも色々悶着があったようで、元々は儀門を跡取りに、と考えていたようですが彼は反発して上京、大学進学をしています。さらに在学中に起業、学生ベンチャーとして成功し当時注目を浴びてます。それ、当時の新聞記事です。

 実家は弟の尊明たかあきが継ぐことになりました」


 「さっき外部から住職を、と言っていましたけど、弟はどうなったんですか?」


「それが……十五年前に自殺しています。仏教系の大学を卒業後、別の寺で修行して実家を継いだ直後、だったようですね。原因は分かりません。檀家とのトラブルがあったとか、父親との確執だとかご近所では色々噂になったようですがね」


 柴はコンビニコーヒーを少し口にして、続けた。


「父親も儀門と和解し家業の継承を、と望んでいたようですが、それは受け入れられなかった様です。父親の方は弟の死から五年後に亡くなっています。母親もそれから二年後に。

 儀門自身は大学時代から会社を立ち上げ、事業に成功して、実家を継ぐ、という気にはなれなかったのでしょう」


「学生時代から経営者としての才覚を発揮していた儀門ですが、学業とビジネス以外はあまり興味はなかったようです。交友関係は多かったので色々証言はありました。当時の交際相手にも話を聞けましたよ。 


 爽やかで、お金もあったので苦学生という印象はなかった、と。上場企業の重役や医者、士業の子息のグループとも付き合いがあったそうですが……裏では決まって言ってたそうです。ああいう連中とは合わない、俺はあいつらとは違う、と」


「あとこれは儀門の大学卒業研究も入手したんですが、気になる文章がありましてね。

 『東京と過疎地域では物量、サービス、文化的な活動、過疎地域とはあまりにも違う。地方から人的流入を受け入れ大きな経済効果を上げている一方、弊害もある。特に都心部での住環境悪化、出生率の低下はブラックホールとの指摘は久しい……現在の地方創生の政策は結局これらを解消できていない。抜本的な施策が欠如しているのだ』」


「これ以上は、想像の範疇なんですがね、儀門はいわば前時代的、封建的な地元に反発して上京、そこで成功した。当然ながら、自分の居場所は東京になった。ですが反面、どうしても馴染めない空気や非充足があったのでは」


「それがこの事件を起こす発端になったということなんですか?」


「いや、もしかしたら彼が上京して以来感じていた義憤や使命感といったものなのかもしれません。何らかの現状打開、いや拡大解釈かもしれませんが」


 抜本的な施策、現状打開……。

 今柴が言ってる事も、全ての答えは儀門が持っている。結局は憶測でしかない。


 奴の願望を叶えるために在る神があのもう一人の吒枳尼天ということなのだろうか。 


「で、これが最後です。凪川稲荷での騒動後、彼らはどこに行ったのか?普通なら高飛びも考えられますよね。

 ところがゲンティアナのサポート会員に内密に出回っているメールがありまして、ある場所で集会をするようなんです」


「こんなものどこで手に入れたんですか?」


「蛇の道は蛇……必ずしも全ての会員が参加しているわけではなかったのでね」


 A4プリントの最後のページにメールが印刷され、そこに地図と白亜の近代的な建物が写っている。


正宮山せいぐうさんビジターセンター……?何故そんな辺鄙なところに」


「それが奴の狙い、『抜本的な施策』なのかも。そこで何かしらのセレモニー、いや〝儀式〟が行われるんじゃないですかね?」

 

「その儀式の祭壇にいるのが吒枳尼天、いや薬師峰ってことなのか。」


「おそらくは……僕の調査はここまでです」


 確証はない。警察を翻弄してあえて逃亡せずに結集しているのは、そこで恐ろしい計画が進められているからに違いない。


「儀門の意図するところは分かりません。僕がやることはひとつ、薬師峰を奪還する――。それだけです」


 突然、車の窓がノックされた。


「調査ご苦労。さて、面白そうな話じゃねぇか」


 妙に楽しそうな、聞き覚えのある声だった。


 窓の外には警操室の渡辺、碓井が待ち構えていた。


「遅かったですね」


「ああ」


 忠平と柴の両名も彼らが来るのを待っていたのだ。

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