第二十六話 真昼の逮捕劇 その二

 宇多と卜部のいるバンに一人の女性が駆け込んできた。クセのないショートカットの黒髪が大人しそうな印象の情報班の青山である。


「室長!このチラシとリンクを見てください!いやはや、こんな仕掛けがあるとは……現代呪術の妙ですね、あ、これは失礼しました。」


 青山が声音を1オクターブ上げて早口で説明始める。


 驚くべきスピードで各種データを展開して、暴漢を制圧した金戸石から渡されたチラシを解析したパソコン画面を共有する。


 宇多、その他の班員が解析画面を覗き込み、数秒のうちに決断を下した。 


「会場を封鎖、二班は儀門の身柄を確保せよ!」


 ゲンティアナのチラシには罠が仕掛けられていた。チラシにはプレゼント企画のQRコードが印刷されており、スマホ等でコードを読み込むとリンクに飛んでプレゼント企画のルーレットが回る。

 

 アタリ、ハズレの文字のいずれか出るが、それ以外にもランダムでリンクに飛んで呪言の書き綴られた呪符の画面に切り替わる。


 これを見た人間は、先刻の男性のように理性を奪われ、暴徒と化すのだ。


 発見者の青山は対呪術用に黒曜石を特殊加工した祈祷済みのサングラスを装着していたため被害はなかった。

 

「当選、不当選にかかわらず、ランダムに表示される電子化された呪符か」


 この会場でチラシを手にした人間を潜在的な人質にする魂胆か――。


 しかし、一般人を巻き込み、自らも危険にさらす行為を何故?

 

 宇多の脳裏には疑問が残るが、まずは一般人の安全確保を優先させた。


 先程の暴漢が、有害物質化学物質を散布してたということにして、既に待機していた処理班がイベント参加者の避難と会場の封鎖を始めている。その際の解呪、浄化作業も、化学物質の洗浄という名目で粛々と行われた。


 相手が蛮行に走る、というパターンも想定の範囲内であった。


 二班の酒井と戸田、畔田、牧野が儀門の身柄を拘束しに動く。


 迫り来る二班の班員達を見て、儀門は踵を返して逃走した。


 その間に割り込むようにしてゲンティアナのスタッフが通路を防ぐ。


「センセイが何をしたっていうんですか?」

「やめてください!センセイは何も悪いことしてません!」


 異口同音、警察の横暴、と糾弾するが、彼らは型に嵌めたような笑顔のままだ。


 妖力、神通力の類は感知されないが、明らかに精神的統制を受けている兆候があった。


 狭い通路にも各ブースが出たままになったているのが仇になっている。


 さすがに操られているとはいえ妖力のない一般人を攻撃するわけにはいかない。


「卜部!『糸を張って』拘束しろ!」


『了解!』


 機械化された巫座でバイザーを装着する卜部の口元がニヤリとして、手元の操縦桿についたスイッチを押した。


 すでに片足に霊糸を巻き付けられた儀門はその動作一つで身体の自由を奪われる、はずだった。


『!!』


 糸の切れた感覚が伝わった。限りなく探知できないはずの霊糸を切断するだけの感知能力があり、奴自身が逃げる理由を自覚しているからだ。


『間違いなく黒よ!晃!』


「分かっている!」


 足止めを食らった二班の代わりに、春賀は参集会館の屋上に飛び上がった。


 ◇


 儀門は行き交う人にぶつかりながら、なりふり構わず神社の境内を抜け、民家の脇を通り抜ける。


 この十鹿神社は凪川なぎがわに沿って隆起した標高二、三十メートルほどの河岸段丘の上に建立されている、古代から変わらぬ立地だ。段丘の下はかつて広大な河川湿地帯であり、現在はそれが田園地帯となり、河川堤防まで続いている。


 田園と段丘をつなぐ傾斜部と崖には陰鬱な雑木林と竹やぶが点在しており、儀門がちょうどそこに差し掛かった頃であった。


 刹那、蒼い光が垂直に地面に突き刺さる。後を追って空気が鳴動する。


 余波を受けてひょろ高い針葉樹がみきみきと悲鳴を上げて倒れた。


 逃走者の体から白煙がのぼり、がっくりと膝をつく。


 まさしく青天の霹靂、雲一つ無い空間から雷が発生した。春賀の神依の力、『雷公』が炸裂したのだ。

 

「これでも加減した方なんだ、もう逃げられない、観念するんだな」


 涼やかな口調でゆっくりと近づく春賀。


「クククク……」


観念したのか、逃げられないと悟った儀門は不気味に笑う。


「何がおかしい」


「おかしいことないですよ、ンククククク……」


「何を言っている?」


「では最後のを……」


 振り返った儀門の顔は醜く歪んでいた。

 

 対する春賀は無言、無駄のない所作で抜き撃ちの横一文字。


 ぬるり、と鬼の頭蓋骨半分が滑り、脳漿とともに地に落ちた。恐るべき抜刀術の手練である。


 幻影ではない。天網の監視下にそれは考えられないし、春賀には頭蓋骨を寸断した確かな手応えがあった。しかし同時に奇妙な違和感を覚えていた。


「……ンククククク」


 まだ生きている。脳を破壊されてまだ意識を保っている。明らかに、人外の法が作用しているのだ。


「ここまでお付き合いありがとう。私も『薬』になれましたかね、センセ」


 止めの一刀が頸部を切り落として、言葉は中断された。


 打ち落とされた頭部はすぐにドロドロと肉が腐って頭蓋骨が露出していく。


 「鬼……?いやそれだけじゃない。儀門?」


『やられた!そいつ儀門じゃない!!顔の形や身体的特徴を全て変化させていたの!霊力を抑制していたから肉体的な偽装に気付けなかった!』


「由華、君のせいじゃない、一級の術師でもこれを見分けるのは技量も時間もかかることだ」


 おそらく天網でも見分けるは困難だっただろう。

 

「儀門は偽物だった……だが」


「ここに引き付けて何が目的だったんだ……?」

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