第二十五話 真昼の逮捕劇 その一

 強い日差しが梅雨明けを事実上宣言するほどの雲一つ無い快晴。


 境内には多くの人が集まり、縁日さながらの賑わいを見せている。


 十鹿神社とがじんじゃ里宮。凪川市東部にあるこの地方の一宮いちのみやとされる神社である。


 家族連れや、子供たちが行き交う中、それらしい格好をした偽装した警察官たちが混じっている。駐車場には情報班と、巫座を有する大型バンで会場周辺を監視する卜部、そして自ら陣頭指揮を執る宇多の姿があった。


 普段は式場としても使用される参集会館の中に雑貨、菓子類、アクセサリを販売する業者に混じって、リラクゼーション体験、整体と書かれたブースがある。


 男一人、女二人のスタッフがアロマやら健康サプリやらを紹介したりマッサージ等を施したり、忙しそうに行き交う。


 彼らが着ているお揃いのポロシャツには胸元に青い花、竜胆ゲンティアナがあしらわれている。


「こんにちは、マッサージ施術体験ですかそれともアロマ?」


「こんにちは。いえ、私、今日儀門先生が来られるってインスタに投稿があったので……」


 私服の女、警操室の第二作戦班の牧野が一般客を装ってスタッフに探りを入れたのだ。


「ああ!センセイですか?一応来るって言ってましたけど、時間までは分からないんですよ。忙しい人なんで」


 受付をした黒髪の女性スタッフが気さくな雰囲気で対応した。


「やはり、儀門はこのイベントに出席するようです。特段用件は無いようですが、差し入れを持ってくるという名目で」


「成瀬、入り口で人相をチェックしろ。奴は能力を制限して探知が難しい。怪しければその場で車を止めさせろ」


「了解」


 宇多は名古屋分室の成瀬、服部、荒川を会場入り口に配置した。


『卜部より各員へ。天網に霊的反応あり。距離およそ五キロ、国道を会場方向に移動中』


 緊張が走る。被疑者か、その協力者か。


「成瀬、検問前で止めろ。一班がカバーする」


 無線を通じて張り詰めた空気が伝播している。


 警捜室の班員たちには永遠とも思える時間であった。


 果たして車が境内にある駐車場に進入してきた。すぐさま成瀬、服部らが誘導を行い駐車場の一区画、大型バンの横に駐車させる。

 

 臨検に応じて外に出てきた人物は若い男二人、女一人で、儀門ではなかったが、衣服に青い花をモチーフをにしたロゴが入っているのを情報班、分室の補助官ですら見逃さなかった。


 質問するとゲンティアナのサポート会員ということが判明した。身体検査の後、念のため『糸を付けた』上で解放した。


「室長!緊急事態です!対象を確認!儀門は既に会場にいます!自社のブース前です!」


 予想外の連絡に会場の各所に散らばる班員達は動揺した。


 いつの間に!?『天網』にも班員にも感知されず目標の男はにこやかに笑っていた。


「いやぁ、暑い暑い、会場も大賑わい、うちのブースも人が入ってよかったですよ」


 癪に障るほど朗らかな声音。


「警察の方?暑い中ご苦労様です」


 参集会館の中のブース前に張っていた酒井は突然背後から話しかけられて狼狽した。

 ――面は割れてないはず、なのになぜ俺が警察官だと判った?

 

「な、儀門清明、さん?」


「はい、いかにも私が」


 白く整った歯列を三日月状に覗かせて、儀門は答えた。




 周辺の賑わいとは隔絶された参集会館の一室に儀門は通されていた。


 刑事あがりの二班、戸田が取り調べをおこなっている。


「貴方には先程起きた真城市での反社組織による暴動に関与していた容疑がかかっています」


「ええ!そうなんですか?」


「確かに、クライアントではありますが、それ以上の関係はないですね。その点については書類なりなんなりご用意しますよ」


 儀門はきょとんとした表情でわざとらしい反応を示す。


 別室からカメラの映像を見ながら春賀と颯は待機している。いざとなれば踏み込んで『処分』しなければならないからだ。


「一班は追跡や討伐はできてもああいう知能犯は対処できないから、助かる」


「とはいえ、普通の証拠なんざない。あいつもここで霊力を顕現させる馬鹿はやらないだろうよ。卜部、文字通り『糸を付け』るんだろう?」


『もう付けてる。あいつ、霊的にも曲者だよ』


 卜部は無線越しでもわかるほどの不機嫌さだ。


「曲者?」


『自身の力を押さえ込んでいるみたい。力のゆらぎがわずかながらに感じられる』


「じゃあやはり……」


『あいつらの調べた通り、ほぼクロとみてみて間違いないでしょうね。気に入らないけど』


「室長、令状もなく、我々の立場では彼を拘束し続けることはできません」


 二班班長の酒井が進言した。


「すでに『糸は付けて』いる。ここで事を起こさなくても碓井の式神と卜部で監視できる。一旦解放しろ」


「了解」


 結局、天罰代行集団との関係はみとめたものの、それで事件の裏で糸をひいていたとは断定できない。


 儀門も令状がなければこれで、と余裕綽々で退出していった。




 外は相変わらずの賑わいの中、儀門は自社のブースに戻っていた。


 セラピストやカウンセラー達が安堵の声で出迎える。


「儀門さん!大丈夫でしたか?」


 三つ編みをアップスタイルにアレンジした茶髪のセラピストが歩み寄ってきた。


「ああ大丈夫、大丈夫。ちょっとした勘違いってやつ?前近くで事件があったじゃない?それでお巡りさんもピリピリしてんだよね」

 

「事件て、真城市で起こった、あの?ええ、怖ーい」


も配ってあるね……OKOK」


 儀門はブース周りをチェックしたあと、いたずらっぽく笑った。


「じゃあ始めようか。の準備も整ったようだし」


 その言葉を笑顔で受け止めるスタッフ。一律の型にはめたような笑顔で。




『拝殿付近で妖力上昇を確認!』


 卜部が班員全員に通達する。


 社叢をつんざく突然の悲鳴。同時に反射的に颯、金戸石が突風の如く人混みを掻き分けて走り出す。


「白昼堂々と!?」

 

「一班にやらせろ!二班!儀門は?」


「動きはありません!」


 先程の聴取の際、儀門の足首には霊糸が結び付けられていた。神人や誓約者にも知覚できないものだ。術式や能力を発現すれば霊糸が相手を拘束または殺害できる。


 だが、肝心の儀門は来場者と談笑したり、記念撮影にいそしんでおり、行動も霊的にも不審な動きは見られない。


ふぁいふぁいふぁい、ほいてほいて〜はいはいはい、どいてどいて〜


 金戸石かがみはホットドッグを半分口からはみ出させて人混みを掻き分ける。円状になった人垣の内径に顔を出し、状況を確認する。


 円の中心に、顔を真っ赤にした中年の男がおり、ブースの片隅で店主らしき女性が蹲っている。


 足元にはハンドメイド雑貨が散乱している。


「お兄ちゃん、何があったん?」


「急にあの男が暴れて店の人に掴みかかったんだよ」


 一見すると酔っ払った一般客が理性を失って暴力を振るったようにみえる。


 しかし男の目は白目を剥いて、口角に泡が溜まっている。明らかに呪術的な操作を受けているのは間違いない。


 ――呪法で操られてんのか?まあええわ。


「おい危ないぞ!」

「今警備員呼んでるから!」


 周りの声に構わず、金髪で長身、ショートパンツにTシャツのラフな格好の女が暴漢の前に自然体で現れた。


 大振りに振り上げられた拳。


 金戸石はそれを難なく躱して後ろ手に捻り上げる。

 追いついた碓井が補助するふりをして鎮静の呪符を男の体に貼り付けた。


「お騒がせしました〜。皆さんごめんな〜お楽しみのところ、店主さんも大丈夫?怪我無い?ならひと安心や。ごめんなぁ、お店めちゃくちゃにしてしまって」

 

 ざわつく人々を眼中に入れずへらへらしながら犯人を連行していく。


 「こいつ、間違いなく呪法の影響下にあるな、しかし肝心の呪符やらは見えない」


 鎮静化した男の体をまさぐると、何かがポケットから転がり落ちた。それはくしゃくしゃに丸められたチラシであった。


 「なんやこれ、ゲンティアナのチラシか?」


 「これは……すぐに情報班に回せ!」

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