第二十四話 捜査会議
凪川稲荷の一角。
本来は団体信者を受付ける
流石に、正座、というわけにもいかず、赤絨毯の上にパイプ椅子、長机が設置されている。
ここが引き続き、警察庁特別警捜室の特別捜査本部となっていた。名古屋分室の面々も今回ばかりは参加している。
この異常事態、魔獣、そして鬼による一般人襲撃に対する報告と、今後の対策会議が開かれるのだ。
会議が始まる前から異常なほど張り詰めた空気が場を支配していた。
特別警操室室長、宇多京介が中央のデスクに鎮座する。会議第一声は仕切り役として、一班班長の春賀晃が発した。
「この春から凪川を含む周辺自治体で起こっている獣化、鬼化の事件についての対応会議を始めます。獣化現象はこの地域だけでなく、首都圏でも発生しております。
今からこれら事件の主犯と見られる人物とその確保について話し合います」
春賀が少し言い淀んだような仕草の後、二人の人物に視線を送った。
「今回の会議にオブザーバーとして特別に二名、参加していただいております。
薬師峰瑠璃さん、佐上忠平さん」
宇多の左手に、女子高生風の女とうだつの上がらないサラリーマン然とした男が所在なさそうに座っている。
警操室の誰かが「あの狐か……」「例の卜部の……」とぼそり、と呟くと、張り詰めた空気が電流を流したようにバチッと弾けた。
薬師峰の首にキラリと透明な糸が巻き付く。糸は対面の班員たちの席から伸びていた。
卜部由華の霊糸だ。
周囲がどよめく。
「卜部やめろ!!」
宇多の怒声が響く。
「あんた、したり顔で何しにきてんの?今度こそ殺してやる」
「おやめ下さい。あなたがどんな感情を抱こうと勝手ですが、今はそれを発散する時ではありません。忠平さんも」
忠平はボールペンをにぎり、すでに卜部の喉元に突きつけていた。
さらに周囲を同班の渡辺颯、金戸石他、人外を相手にする屈強な戦士たちが取り囲む。
「全員落ち着け!彼女の言う通り、今は一連の事件の犯人を確保し、奴らが行わんとしている邪謀を打ち砕く事が何よりも優先される。私情は捨てろ」
宇多の怒号を受け、一方は余裕、一方は明らかな
春賀は咳払いをして続けた。
「
左前方の空きスペースにプロジェクターで男の顔写真が映し出される。
眼鏡を掛けて整えられた髪型、よく日に焼けた見るからに快活そうな面構えで、どことなく余裕のある笑みを浮かべている。
顔写真の下には先ほどの紹介では収まらないほどの経歴と資格、職歴が並ぶ。
「彼と彼らの協力者が、ここ凪川で発生した獣化事件、鬼化事件を引き起こしたとみられています。事件の被害者、葉山伊保香、近倉正蔵との接触も確認できました」
情報班の大久保に交代して調査の結果を報告した。
「複数の獣害事件の当事者の行動履歴を洗い直した結果、彼の会社が派遣したスタッフに接触した形跡がありました」
「真城市での鬼化した連中は?」
「天罰代行集団と称する動画配信者の事務所も家宅捜索を行いました。記録は全て抹消されていましたが、浄化処置を受けたスタッフから証言が得られました。代表だった橋爪は常にセンセイ、という人物に相談をしており、一部スタッフのアドレスにはゲンティアナのグループメールの受信歴が確認できました」
「さらに今日、オブザーバーとして参加している佐上さんが儀門の協力者と見られる『黒い狐』と『接触』した際、鶏血石の数珠玉を発見しました。
これは国内流通の少ない希少石で、専門の取り扱い業者以外には本来出回らないものです」
プロジェクターに入手経路、取り扱い業者一覧が提示され、その中で専門業者以外にゲンティアナの名前があった。このリストは忠平が元々作成したものだった。
「鶏血石の数珠は一般販売されたものではありませんでした。彼の会社の会員、それも高グレード階層しか保有できないアイテムでした。儀門と彼の会社が関与していることは明白です」
一連の事件、当事者に常に関与している濃厚な灰色と言うべき人物とその組織だ。
「どーするん?早速事務所に踏み込むん?」
警察官とは思えない軽い調子で質問するのは風貌もそれらしくない金髪の女性、金戸石かがみである。
「事務所へ式神を送り込みましたが、事務所はほぼダミーですね。事務員がポストチェックに来て内容をスキャンしているだけです」
碓井愁泉が不機嫌そうに報告をする。
「何やおもんな。儀門ちゅーおっちゃん
「それが霊的にもほとんど反応もなくて、もっともそれが偽装かもしれないけど『天網』でも監視しきれない。今は碓井さんの式神で監視しているけどそれらしい会合やミーティングも確認できなかった」
儀門自身も社員もいわゆるノマドワーカーというやつでSNSやメールでのやり取りやオンライン会議がほとんどらしい。彼の正確な居場所は掴めていない。
「何や、ホシが分かったのに、打つ手無しかい」
「そうでもない。これを見てほしい」
春賀は一枚のチラシを差し出した。フェアリーテイル、と書かれたフード、雑貨イベントのものだ。
一見無関係に見えるが、イベント会場ではセラピーやリラクゼーション体験コーナーがあり、それにはゲンティアナのスタッフが派遣されている。
忠平が見つけた、ホームページに記載してあったイベントとSNSの情報を柴が警操室に提供したのだ。
「儀門のSNSから、このイベントに顔を出すことが発信されている。開催場所日時は三日後、凪川市、十鹿神社里宮境内。
我々は先んじて参加しているスタッフから事情聴取を行う。儀門の居場所を特定し、しかるのち拘束する。奴の最終的な狙いについては後でじっくり訊けばいい」
「一班が会場全体、二班人員は儀門及びゲンティアナスタッフの監視。万が一に備えて主催者に会場封鎖、来場客の避難については警操室全体で行います。班員の詳細配置は各班にて打ち合わせを」
宇多が肝心要の次の一手について締めくくりに入り、春賀が詳細を補足した。
「室長、儀門が抵抗、または何らかの呪法を発動させた時はどうしますか?」
渡辺颯がにやりとして剣呑な質問する。
「呪法の発動が確認できた場合は彼及び彼の協力者も処分しても構わない。全員、行動開始せよ」
警捜室のメンバーは素早く、起立して各々の配置に移動していく。
「今回の件については、こちらとしても思うところはあるが、ご協力感謝する」
宇多は忠平たちに対して、丁重に謝意を表した。
対する薬師峰もうやうやしく頭を下げた。
「申し訳ないがあなた方に求めているものは協力であって戦力ではない」
その言葉と目線を合図にして、SP風の屈強な男四人が薬師峰と忠平を取り囲んだ。
「抵抗はしないでもらいたい。事件解決まで大人しくしていただければそれで良い」
「忠平さん、ここは彼らの言うとおりにしましょう。彼らが勤めを果たしてくれるならそれで良いのですから」
戸惑う従者を尻目に、主人は従容として承諾した。
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