第五章 吒枳尼天
第二十三話 鶏血石
「
初老の店主が淡い翡翠色に鮮やかな血の色が混じったような玉石を見て断じた。
忠平は凪川市内にある大型ショッピングモールの中にある篆刻・判子専門店を訪れていた。平日だが、周囲には買い物客が行き交う。あの夜、ふと見つけた奇妙な石の正体、それがあの黒い狐面に関わるものかもしれないと、独自に調査を開始した。
空振りに終わるかもしれない、という気持ちともしかしたら、という期待半々である。むしろ何かしないと、という焦燥感に駆られていた、という方が正確だった。
石の種類はネットで画像検索をすれば出てきた。重要なのはこの石を扱っている業者とその顧客だ。こういう石で判子が作れるのかどうとか、もっともらしい理由を並べて、様子を伺う。
「鶏血石というのは中国、内モンゴルや浙江省昌化あたりでしか採取できんのだわ。これは浙江省のものかな。ウチでは扱ってないよ」
髭面で少しぶっきらぼうな態度の店主に鼻白んだが、ひるんでもいられない。この珍石を持ち込んだルートが分かれば、あの黒い狐面の正体も特定できるかもしれないのだ。
「その、この石を扱ってる会社って心当たりあります?」
「うーん、個人輸入の場合もあるから全部わかる訳じゃないけど」
店主はバックヤードに向かい、書類を取ってきた。
「ここいらに聞いてみたら?素材があればウチでも加工、できるし」
店主が示した何社かのメモを取る。
「ありがとうございます、わざわざ」
「お兄さん、今日はお休み?」
「ええ、まあ……ちょっと休職中でして」
「ああそうなの?やっぱり運気が細ってる気がしたのよ。鶏血石には運気の流れも良くするし、天からのメッセージ、つまり神様からもきこえがよくなるんだってね」
忠平は大げさに感心したそぶりで礼を言うと、汗ばみながら立ち去った。
――天からのメッセージ、か。
その後の調査にそう時間は掛からなかった。
二三社、問い合わせメールに画像を添付して初手を打つ。反応がないところは電話もした。
多少の時間差はあったが一社、メールに返信があった。ある会社から同様の加工をした商品を委託された記録がある、との情報を得た。
株式会社ゲンティアナ。
資本金一千万、従業員五十名。
事業内容は資格、自己啓発関連の出版、各種講演、セミナー、セラピーの開催、人材派遣、コンサルタント業など。
アクセサリー販売の会社でもないのに、何故こんな珍しい石を買っているのか疑問であったが、ホームページからセラピーのグッズとしてパワーストーンの販売も行っているのが確認できた。
見栄え良く整えられたホームページには会社の概略以外にも講師陣のラインナップがある。
その一人の写真を見て手が止まった。
会社代表。心理カウンセラー、経営コンサルタント、フィナンシャルプランナーなどの肩書きが並ぶ。中年、四十歳前後だろうか、眼鏡をかけたいかにも生命力のある男性が、画面の向こうからこちらに笑いかけている。
彼の経歴をざっと眺めると、気になる言葉があった。学校での講演……まさかと思うが、直感を熟考よりも優先させた。
忠平はすぐさま新聞記者、柴に電話を掛けた。
『あー、佐上さん、お疲れ様です。この前は大変でしたね、あ、この前も、か』
いつも通りの様子で柴が電話に出た。
「例の件、どうでしたか?」
例の件、とは獣化事件で犯人となった葉山伊保香とDV夫妻の動向について調査を依頼していた件だ。
『結論から言うとこれといって目ぼしい情報はありませんでしたね。学生の行動範囲はたかが知れてますが、スマホの履歴まで見ることはできませんでしたので』
「葉山伊保香の動向で、カウンセラーと接触した履歴、あの夫妻については社会福祉士とか、出入りしてましたか?」
『調べてありますよ。スクールカウンセラーのカウンセリング記録は校外秘なんですけど、そこは蛇の道は蛇ってことで……教えてもらいました。友達の石川梨乃の履歴はありましたが、彼女自身のものはありませんでしたね』
『あの夫妻の家には当然ながら社会福祉士とか、児童相談所は訪問していました。あとは私企業で定期的に訪問があったようです』
「それに関しては追加で調査をお願いしたくて。株式会社ゲンティアナ、という会社が彼らに関わってないか、そして代表の儀門清明の講演記録についても調べて頂けますか?」
『ぎもんせいめい…ええと、どう書くんですかね?』
「儀式の儀に、門扉の門、清い、清涼飲料の清に明るいの明です」
『儀門さんね……何処かで聞いたことがありますね……あぁ!これを見てください』
柴から送られたURLを検索すると、地方局のホームページが開かれた。そこに、お悩み相談のコーナーがあり、ギモン先生へのギモン!とポップな字体でデザインされたイラストがある。
『有名人、とまでいきませんが中京圏では結構名前の知れている先生です。あとカウンセラーも人手不足の時代です。学校に勤める公務員だけでなく、民間に業務を委託されることもあるようですね』
「柴さん、もう少しゲンティアナと儀門について調べてもらってもいいですか?」
『いいですよ、その代わり今度このアレ、お願いしますよ』
「無職にタカります?普通。まあ、いいですけど」
いつものアレ、というのはあのウインナーコーヒーのことだろう。
勘違いかもしれない。問答無用で襲撃したほうが手っ取り早いし、いざとなれば薬師峰の瞳術もある。だが、あの物騒な警察組織に監視されている手前、なるべく目立たず調査をする必要があった。
◇
柴からの答えは予想よりも早かった。
二人はいつもの喫茶店に集合した。
「いやぁ、ビンゴですよ。佐上さんの予想通りでした。葉山伊保香と彼女の母親との通信 が残っていて、講演とセミナーに行った形跡がありました。」
柴はことさら上機嫌だ。例のウィンナーコーヒーがたった今届けられた以外に忠平からの報酬でお代わりが約束されているからだろう。
「あと、あの夫妻ですが講演ではなく、ゲンティアナが経営しているリラクゼーションサロンの顧客でした。主に妻が顧客でセラピストが派遣されていました」
「社会福祉士とか児相とかの関連じゃなかったんですね」
「ゲンティアナは仰るように行政側からの業務委託先、提携先として重宝されている以外にも、真っ当なマッサージやリラクゼーションサロンでも業績を伸ばしています。イケメンで腕の良いセラピストがいるって評判になってますよ」
忠平と柴はスマホを操作してゲンティアナのホームページを閲覧する。
講演会・イベントのページには、直近の情報が並ぶ。
「今度やる
十鹿神社とはこの地方で最も大きな神社で、境内を利用した雑貨等のイベントが頻繁に開催されている。
まさか、と思った忠平は
正式なスケジュールに載っていないが、確かに彼自身がタイムラインに来訪予定を書き込んであるのが確認できた。
「この人がイベントに来るってことですか?」
「ええ、彼の投稿が正しければ」
「いやぁ、佐上さん、なんか探偵みたいですね。案外向いているかもしれませんよ」
忠平は少し興奮しつつも、同期を落ち着かせて、薬師峰に情報を送った上で電話をかけた。
「薬師峰さん、この事件の重要人物について――」
『さっき確認しました。お疲れ様でしたね。でも――』
『内緒話は、もう少し気をつけてした方がいいですね』
まさか、と思った瞬間、入店のベルがなった。
見覚えのある顔だった。
この前の大立ち回りで出会った春賀、碓
井とかいう、警官らの険しい目線が忠平達に刺さる。
そしてその中に混じって、薬師峰が少し呆れた様子でため息をついていた。
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