第十一話 狐狩り その二

 ホクメン第一行動班が包囲網を構築する少し前――。


 降り注ぐ日差しはほぼ真夏のものだったが、木々の葉は緑色濃くより鬱々として、それを遮っている。時より林間に吹く風は冷涼さすら感じるほどである。凪川稲荷、北別院の境内は陰鬱な分却って空気は冷たい。


 その境内にいつもの二人。忠平は負傷した肩に包帯を巻いている。それなりの重傷だったはずだが、強化された治癒力と薬師峰の施した膏薬が劇的に蘇生力を亢進こうしんしてほぼ傷口が塞がっている。


「えらいことになりましたねぇ」

「本当に、危うく殺されるところだったよ、なんなんだよあいつらは」

「一応公の組織のようですが、普通のお巡りさん、というわけではないようですね」

「そりゃそうでしょうね。いきなり窓破って殺しにかかる警官がいるわけないでしょう」


「『術者』と『誓約者』。そういう方々が所属する組織ですか…心当たりがあるような、無いような」


 いつも通りの飄然とした態度を崩さず薬師峰は状況を解説する。


「例の獣事件の現場から霊力の残滓ざんしをたどって来たのでしょう。念の為隣の部屋に身代わりの呪符を置いておいて良かったですね。忠平さんの霊力は一般人とそう変わらないですが、その僅かな差を捉えられるとは」


「冷静に分析してないでこの事態をなんとか出来ませんかね?」


 忠平は猛烈に後悔していた。ここに至るまでの経緯を見ればタイミングが少しずれているかもしれないが、後悔というものは得てしてそういうものだ。しかし、今更誓約を解除して一般人に戻る、なんてことができるのだろうか。


「あ、今『やめときゃよかった』『誓約って今からでもやめられるのかな』って思いましたね」


 薬師峰は忠平の表情から思考を見透かしているようだった。


「やめられますよ。」

「え、やめていいんですか?」


「でも今やめても忠平さんは無事でいられますかねぇ…。あの方々に捕まって一生独房かもしれませんよ。最悪、人体実験や記憶改竄なんてコトもあるかも」


「結局、選択肢なんてないんだろ?…分かったよ、の精神でやってやるよ」


 半ば諦観、半ば破れかぶれであったが、自らの自由と生存を掛けてやらねばならない。


「言うやよし。では引き続き頑張りましょう」


 薬師峰は満足げにその場にしゃがむと、黒い小石を中央に二つ置いた。

「これが我々」

 そして白い石五つを用意し二つを黒い石からだいぶ下、その中間に一つ、左右に一つずつ置く。

「これが敵方」


「既に彼らはこちらをの位置を把握しているようです。それはこちらも同じことですが…」

「偽装した結界を見破るだけの奴がいる、ってこと、でいいのか?」


「御明察。相手方には相当の術師、巫女役がいるようです。これをなんとかしないと追撃から逃れることすらできません」


 不安な表情をする被使役者に使役者から三枚の呪符が手渡された。


「この前も使ったでしょう?呪符とはいわばカップ麺のようなものです。予め呪文なり真言なりを記して、発現させる。発現の要点はすなわち『念』。三枚のお札、という昔話はご存知ですか?」


「お寺の小僧さんが山姥に追っかけられて三枚のお札で逃げ切るヤツね」


「逃げたい、と強く念じたことで呪符の効果が発動する。シンプルなほどよいでしょう」


 かさり、という僅かな紙の擦れる音をこの狐に扮した従者が聴き逃す理由わけはなかった。


 彼女はさり気なく制服のポケットに、紙片を押し込んだ。狐面の鋭い三白眼をひらりとかわして、何事もないかのようなそぶりである。


「薬師峰さん…その話聴いたとき思ったんだよ。何で和尚さん、三枚と言わず五枚十枚とくれなかったのかなって」


「それは…残りは私が使うからです」


 戦いの火蓋が切られようとしていた。

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