第九話 戦闘狂
太陽が宵闇に沈みかけたころ、狐面は足を止めた。市街地を抜け、二者は広大な空き地のある空間へ行き着いた。
そこは
狐面はパルクール選手も顔負けの常人離れした身体能力であるが、颯もそれに引けを取らないものだった。息は弾んでいるが身体中に熱い血液が充填されて、闘気が溢れている。
碓井はアパートを破壊した騒ぎの収拾で合流するにはまだ時間が掛かりそうであった。
「一戦交えるのにおあつらえの場所じゃねぇか、追いかけっこもそろもろ飽きたよなぁ」
腰を落として槍を構えるその姿はまさしく猛虎が獲物に襲いかかろうとする姿そのものである。
「『
「
短槍の穂先が鋭く伸びる。狐面は躱すが次々と刺突が繰り出され、隙を与えない。
勢いづいて一気に追い込まんとした一突きが滑るようにいなされる。狐面が服の下に着けていた手甲が火花を散らす。
穂先を逃れ距離を詰めた狐面の
力、動きは良いが、所作が素人臭え――。颯はこれだけのやり取りで狐面の実力を推量していた。
相手が居着く瞬間、既に距離を詰め直した颯から更に重く疾い突きが繰り出される。
喉笛を貫いた、はずだった。鋭刃は虚空を穿った。
相手の両手にはいつの間にか、丁度日本刀ほどの鉄パイプが握られており、一方は颯の槍をしのぎ、一方は胴に打ち込まれていた。
「何ッ!?」
颯は思わぬ攻撃に若干狼狽したが、すぐに飛び下がって体勢を立て直す。直感で踏み込みが浅くなったのが幸いだった。もう少し深く踏み込んでいたら肋骨を叩き折られ、内臓にダメージを負っていたかもしれない。
足元の草原に得物を隠していたのだ。無言の仮面が、二刀流のように構えて間をじわりと詰めてくる。
狡猾な、と颯は一瞬口に出しそうになったが、そもそも相手は正々堂々勝負をするなど言っていない。もともとここに誘き寄せて不意打ちをするつもりだったのだ。
「いいねぇ、そういう
激昂をともなった強烈な一振りが頭に叩き込まれる。大技故に避けられるがこれは
息もつかせぬ怒濤の連撃。槍の穂先は高熱で燃え上り、橙色に発光していた。
繰り出す攻撃は間一髪で防がれているが、猛攻をしのいでいた鋼管に限界がやって来た。
一撃、受けたと思ったその時鋼管の中ほどから首がもげるように吹き飛んだ。焼けた切っ先が狐面の肩辺りを貫く。
じゅっ、と引き抜いた槍先から血の蒸発する音が鳴って、ぐらりとその獲物の体の均衡が崩れる。
コンマ数秒の静止が致命傷に至る。少なくとも颯には情も油断も奢りもない。容赦無い止めの一突きを打ち込む。その時――。
颯は少しの違和感を槍に感じた。槍の柄の部分に何か絡みついている。
先ほどの一撃を食らった際に狐面が絡みつけた衣服の一部だ。
一秒にも満たない
今まで食らったことのない衝撃が颯を襲った。それだけではない、人間を遥かに超える強力で後方に押し出されようとしていた。
こいつ、なんてぇ力だ…
いかに修練と『
しかも、それまでとは異なる、知恵を持った
彼は驚きつつも冷静に、短槍を短く持って狐、というよりかもっと強大な怪力を発揮するこの『獣』の背中に突き立てようと試みた。
「させねぇよ」
今まで一言も発しなかった狐面が低く呟いた。焼けた鑓は突き刺さる直前に、止められた。後ろに目でもついているような動きで、颯の手首を狐の手ががっしりと掴んだ。
「この…」
なにか言葉を発する前に更に背後に衝撃を受ける。緑地化された埋立地の一部の雑木林に突っ込んで木々が体に当たり、折れる音。
両者の身体は夕闇に舞った。そして外を流れる
「やられましたね」
追いついた碓井が亀の式神で水中から砂泥にまみれた相棒を
「男、だった。おそらく俺と同じ、『誓約者』だよ」
碓井から渡されたペットボトルの水を頭からかぶり、口腔をゆすぎながら泥田坊のようになった颯が報告する。
「既に春賀、卜部、金戸石が応援に向かってます。あとで始末書ものですよ」
「始末書?威力偵察だよ」
「アパートの破壊、あれの隠蔽に処理班を駆り出すことになって、室長相当お怒りですよ」
「まあいいさ、久しぶりに活きのいい獲物だよ。『狩り』の始まりだ」
不敵な笑みを浮かべて狩人は川の向こうを見据えていた。
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