第26話獄上の恩知らず

「のえる! のえるどうしたのだ!? 何があった!?」




 貴賓室のドアを力ずくでこじ開けると、蝶番ごと扉が取れてしまった。


 じれったく扉を後ろに放り捨てて室内に侵入すると、ベッドの上で半泣きになっている聖女のえるがいた。




「べ、ベルベル……うぅ……!」

「どうした、何があったのだ!? 人間どもが襲撃してきたのか!?」

「違う違う、マジぴえん。っていうかぱおん。自分で言ってて古ッ」

妃炎ぴえん覇怨ぱおん……!? それがお前を襲撃したのか!?」

「違うよベルベル……この世界にはネイルチップないから今久しぶりにペディキュアやろうと思ったら……ほらぁ」




 そう言って、のえるは自分のワイシャツの胸の部分を示した。


 毒々しい紫色の塗料がべったりと胸の部分に広がって染みになり、下のシーツまでを濡らしていた。


 は? と思わず魔王らしからぬ声で首を傾げると、のえるが両腕でシーツを叩いて喚いた。




「もうヤダヤダヤダヤダ! 鬼メンディー! ウチ身体硬いんだもん! 足にまでペディキュアるとか無理! でもせっかくなら魔族っぽいネイルデザインで揃えたいじゃん!」




 のえるは意味不明な理屈を口にして駄々を捏ねる。




「だからせっかく取り寄せてもらったのに半分もぶちまけちゃったし! もうヤダ!! 超ダルい!! もうマジでテンションバリ下げTBS!! やってられっかこんなこと!」




 ――それで「たすけて」か。


 今まで真剣に聖女のえるの身を心配していた自分が情けなく、ベルフェゴールは顔を手で覆った。




「……え、何?」

「いや……なんでもない、なんでもないのだ……はぁ」

「なんでもないならいいけど……。とりあえずベルベル、せっかく来たんだから手伝って」

「は?」

「足の爪に塗ってよ。せっかく持ってきてもらったのにまたブチまけたら申し訳ないし」




 お前という女は魔王を何だと思っている!? この俺を召使い、否、奴隷のように扱うつもりか!?


 何故にこの【焦熱の魔王】ともあろう存在が跪いて人間の足の爪に塗料なんぞ塗らねばならぬのだ――!?




 一瞬、そのテの反論が数個も頭に浮かんだが、それを口にするより先に、のえるがワイシャツのボタンを外し、汚れたワイシャツを脱ぎ捨てて、薄い下着一枚になった。




「んな――!?」

「何を慌ててんの? マジウケんだけど。安心して、今日はキャミソール着てるから裸じゃないぜ?」




 そうは言うが、豊かな胸を強調するような肌に張り付く素材の下着と、輝く程に白いデコルテ周りをまるっと露出されると――これが目の毒だ。


 ニヤニヤと、明らかに何か別の意図が覗くのえるのこの笑み――性懲りもなく、またこの魔王をからかうつもりらしい。


 それでも顔ごと背け、努めて視線を逸していると――ずいっと、足のつま先を顔の前に差し出される。


 はっ、と思わず視線を戻してしまった先で、のえるが手で髪を掻き上げた。




「その顔、まーた四の五のやらない言い訳考えてるっぽくね? いいからやってよ。こんなこと、ベルベルにしか頼まないんだよ?」




 なんだか、いつになく傲慢だし、それはほとんど命令口調であった。


 伸ばした足の裾に視線をやらぬように注意しながら、だが流石にベルフェゴールは躊躇する。




「あ、いや……それはいくらなんでも……」

「あによその顔。こんなに頼んでんじゃん?」

「い、いや、流石にこんな場所を他の魔族に見られるわけには……」

「じゃあ見られなきゃいいの?」




 ずいっ、と、更に足の甲を突き出され、ベルフェゴールはうぐっと唸った。


 白い、男である自分とは造りそのものが違う、華奢な足――。


 思わず、ごくっと生唾を飲み込んだのを、のえるはニヤニヤと見つめている。




「なんだよ、一週間前にここでパタった時に介護してやったじゃん。それぐらいやれし。それとも魔王ってそんな恩知らずなのかっつーの」





◆◆◆




せっかくだからカクヨムコン用に少し更新します。


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