第25話獄上の日常

【でねー、主人公のオーリン・ジョナゴールドはあまりにも訛りがキツすぎて意思疎通が無理だからって冒険者ギルドを追放されちゃうの】


【ほう】


【けれどもオーリンはマジ凄いの。実は無詠唱で魔法が発動できるマジ有能な魔導師だったんだぜ! ヤバみ深し!】


【ほう】


【この時オーリンが唱える魔法までマジ訛ってて超ウケんの! 『拒絶』のルビが『マネ』とか草生える通り越してもはや森】


【ほう】


【ベルベルにも後で観せたげる! 『じょっぱれアオモリの星』のアニメは非オタが観てもマジウケっから覚悟しとけよ!】


【ほう】




「フクロウか、俺は――」




 まるで洪水のようなのえるのLINE攻撃にただ「ほう」「ほう」「ほう」「ほう」と。


 のえるものえるだ。こちらが会話に疲れ果て、完全に塩対応になっているのに、この一方的な爆撃。


 野太いため息をついて瞑目すると、シルビアが半笑いの表情になった。




「またあの子との魔法通信に付き合ってるの?」

「ある程度は付き合ってやらねばヘソを曲げられて敵わんのだ。ギャルというものはとかくお喋りなものであるらしいが、それにしても……」

「いいじゃない、付き合うぐらい付き合ってあげなさいよ。あの子もやることなくて暇なんでしょうし」

「それもそうだな――ほら、ハンコ」

「あら、素早い決済ありがとうね。ギャルピース!!」




 そう言って、シルビアは手をピースサインにした。


 今、魔王軍の中で大流行しているこのポーズ――ギャルピース。


 ちなみに、これをやることに特に意味はない。とにかく何かを表現したい時にやっているだけなのである。


 魔族の長老たる女ともあろうものが随分ノリがよいものだなぁと、ベルフェゴールは半ば呆れてしまった。




 聖女のえるが魔界に来てから、早くも一週間が経過していた。


 今のところ、周りの魔族との関係も悪くなく、それどころかのえるは下級の魔族連中を中心に猛烈に慕われ、もはや崇拝に近い尊敬を集め始めていた。


 何しろ、この間の食事の一件があったせいで、最初は極秘にするつもりだったのえるの存在が下級魔族たちにまで轟いてしまったのである。


 それ故、のえるこそがあの予言に謳われた「魔族に優しいギャル」であることは既に確定事項であることのように語られ、魔王城内の全魔族たちがその登場に熱狂していた。


 魔族の宿敵である人間の聖女であるのに、たった一週間で魔族の中にある種の聖女フリークを出現させるとは――流石はギャル、その距離感の近さとフレンドリーさが伝説になるだけのことはある。


 ハァ、とベルフェゴールは再び嘆息した。




「そろそろアイツにもしっかり向き合ってやらねばならんな。何せ、魔族に優しいギャルとやらがどのように魔族にして平和をもたらすのかは予言されていない。とりあえず聖女としての力に目覚めさせるのが第一だとは思うが……」




 ベルフェゴールが言うと、あら、とシルビアが不思議そうに言った。




「聖女としての能力なんか必要かしらね?」

「え?」

「だって、あの子はただそこにいるだけで勝手に私たち魔族を平和にしてくれてるじゃない。魔族に優しいギャル、ってそういうことじゃないの?」

「何――?」

「あなただってそうでしょ、ベル坊。ギャル様と出会ってからのあなた、凄く楽しそうだし」




 そんな事を言われて、ベルフェゴールは思わず目を見開いた。




「俺が――楽しそう?」

「そうよ。年中仏頂面で、口を開けば戦況がどうのこうの、戦線がどうのこうのって話してたあなたが、今はちゃんと睡眠も摂るようになって顔色もいいじゃない。表情も凄く平和になったわよ」

「表情もか? それは魔王としてどうなのだろうか……」

「何を言ってるのよ。魔王が笑ったり泣いたりしちゃいけないなんて法はどこにもないわよ」




 笑ったり泣いたり、か――。


 確かに、聖女のえるのおかげで、俺は一週間前、実に数百年ぶりに涙を流すことができた。


 数百年前のあの日、あのとき、もう既に一生分泣いたと思っていたのに。


 確かに、そもそも魔王になってからというもの、自分は意識的に泣いたり笑ったり、喜怒哀楽をはっきり表明することを自分に禁じてきた。


 だが――その魔王としての建前など、ギャルであるのえるの突飛な行動はいとも簡単に貫通し、自分から様々な表情を引き出してくれているのだ。




「魔族に優しいギャル様々ね。あなたもあんまり塩対応ばかりじゃなく、ちゃんとあの子に感謝しなきゃダメよ?」

「それは――わかっている。人間の聖女でありながら大人しく魔界に連れ去られてくれたのもあるし……」

「そういうことじゃないわよ。もう、あなたも強情ね。聖女としてのあの子じゃなく、あの子本人を褒めてあげてって言ってるのに」




 聖女としてののえるではなく、個人としてののえるを見る――。


 それはどうなのだろう、魔王として……と思いかけて、ベルフェゴールは内心で悪い癖だと苦々しく思う。


 シルビアの指摘はその通りだ。のえるは明らかに聖女としての肩書や役割など無視して、個人的な感情で俺と付き合ってくれている。


 だが俺は俺個人としてではなく、魔王という存在を通してでしか、聖女のえるを見ていない。


 差し伸べられる手があっても、魔王という肩書が頭の隅に常にあって、素直にその手を握ることをためらってしまうのだ。




「だが大姐様、今や俺は魔王だ。如何に俺たち魔族に優しいとは言え、魔王御自らが人間の聖女と個人的に親しくするなどということは、やはり他の魔族に対しても示しがつかないと言うか……」




 しどろもどろに言い訳を始めた、その時。




 ピロリン、という音と共に、ベルフェゴールの脳内にある文字が表示された。




【たすけて】




 はっ――!? とベルフェゴールは椅子から腰を浮かせた。




「え、ベル坊どうしたの!?」

「――のえるから俺に助けを求めるメッセージが来た……! 一体何があった!?」

「え、助け? ここは魔王城じゃない。地上で一番安全な場所でしょ?」

「くそっ、さては人間どもが何か仕掛けて来たに違いない! シルビア、あとを頼む!」

「あ、ちょ、ベル坊……!」



 言うが早いか、ベルフェゴールは椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がり、執務室前にいた魔族を突き飛ばすようにして押し除け、外へ飛び出していった。


 見るからに物凄く大慌てであったベルフェゴールの姿を見て、シルビアは呆れたように笑った。




 ここは魔王城。人間たちが仕掛けて来ようにも、この城を護る結界を力ずくで打ち破ることができる人間などいない。


 そんなこと、少し考えればわかりそうなものなのに、魔王ともあろう存在が今のあの慌てよう――。




「なんだ、あの子のこと、ちゃんと気にはかけてるんじゃないの」




 ふふふ、と一人笑ったシルビアを、たった今突き飛ばされた魔族の男が不思議そうに見つめていた。




◆◆◆




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魔族に優しいギャル ~聖女として異世界召喚された白ギャルJK、ちょっと魔王である俺にも優しすぎると思うんです~ 佐々木鏡石@角川スニーカー文庫より発売中 @Kyouseki_Sasaki

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