第24話獄上の憤怒
有り得ない――。
魔王城の地下、自分でさえ滅多に足を踏み入れることがない下級魔族の居住区の、その物陰で。
魔王軍四天王の一人であり、名実ともに魔王の右腕である【大賢愚】アヴォスは、有り得べからざる光景に顔を歪めていた。
なんということだ――【焦熱の魔王】ベルフェゴールともあろう存在が、涙を流していた。
それだけではない。あの恐怖と暴虐の象徴である魔王が――あろうことか、人間の聖女に向かって微笑みかけているではないか。
それも、かつて宿敵であったはずの人間の聖女の行いに絆されて。
そう、それはなにもかも有り得ない事態であるとしか、アヴォスには思えなかった。
我が竹馬の友であり、相棒であると信じて疑っていない存在が、急速に自分の知らないなにかに変貌してゆく。
今までは取り付く島もなく冷酷で、残虐で、魔族のためなら人間の絶滅さえ厭わなかった存在が、あろうことか人間に懐きつつある。
必ずやこの大地から人間を駆逐し、魔族のための王道楽土を建設する――そう誓い合い、遂には魔族の頂点にまで共に上り詰めた男が――人間と融和し始めている。
「こんなことが……!」
聖女の作った料理を口にし、わいわいと騒いでいる下級魔族たちの喧騒が不快だった。
赤面したまま縮こまっている聖女のえるの頭を撫でている、ベルフェゴールの慈愛に満ちた表情も――何もかもアヴォスには不愉快に思えた。
こんな――魔族が人間の施しを受け、笑顔を浮かべるようなこんな事態が、有り得ていいはずがない。
「あの女……あの女が……!」
ギリッ、と、アヴォスが噛み締めた奥歯が不快な音を立てた。
あの恋し浜のえるとかいう小娘……あの小娘が、魔族を堕落させているのだ。
闘争と略奪、暴虐と流血で地上を奪取すべき魔族に、怠惰と馴れ合いの甘美さを教え込んでいる。
それ以上その光景を見ているのに耐えられず、アヴォスは踵を返した。
あの笑顔と馴れ合いの世界に参加してみたいと思ってしまいそうになる、その自分の甘さが、途轍もなく穢らわしく思えた。
「おのれ……魔族に優しいギャルだなどとおだてられて調子に乗りやがって……! ベルもベルだ! ベルのやつ、聖女が僕たちにしたことを忘れたというのか!」
そう、数百年前のあの日。
異世界から召喚された聖女が率いる人間軍は、自分たちの故郷を襲った。
非戦闘地域であり、魔王軍の兵士など一人もいなかった、あの平和な故郷を。
引き裂き、消し飛ばし、無残にも踏みにじって――地上から消してしまった。
自分はその時に誓った。永遠に人間どもを許しはしないと。
同胞たちが受けた仕打ち、痛み、苦しみ、その全てを数倍にして人間どもに返すと。
もう二度とあんな事が起こらぬよう、必ずや人間どもを地上から駆逐すると。
優しさが世界を救う? この流血に魅入られきった世界を救うのは優しさなどではない。
人間の上位種族たる魔族による絶対的な支配と暴力なのだ。
「おのれ聖女め……僕まで骨抜きにできると思うなよ! 僕は絶対にお前の優しさなど受け入れないからな……!」
恐ろしい声でそう吐き捨て、【大賢愚】アヴォスは魔王城の廊下を足早に去っていった。
◆◆◆
ここまでお読みいただきありがとうございます。
なんか昨日から少し読まれ始めました。
よくわからんなぁカクヨムって。
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