第20話獄上の晩餐
「な、なんか覚悟はしてたけど……こういうのってウチ、あんまり経験ないんだよね……ヤッバ、マジの晩餐会じゃん……」
広い食事の前に通され、巨大なテーブルを前に鯱張っているのえるは、不安そうにベルフェゴールを見た。
「べ、ベルベル、ウチ、テーブルマナーとかわかんないんだけど……大丈夫?」
「なんということはない。フォークとスプーンは外側から順に使え。もし落とした場合は己で拾わず、周囲の者に拾わせろ。それだけでよい」
矢継ぎ早に指示したところで、メイドたちがクローシュに蓋をされた皿を持ってきて、ベルフェゴール、そしてのえるの前に置いた。
おおっ、と小さく歓声を上げたのえるの目の前で――いよいよ持って蓋が取り除かれる。
「さぁ、美味し糧の時間だ。遠慮はいらぬ、どんどん食べろ」
そう言ってベルフェゴールがナイフとフォークを手に取った瞬間。
え? という、物凄く気が抜けたようなのえるの声が聞こえ、ベルフェゴールは顔を上げた。
「え? え? ごめんベルベル、これ――何?」
のえるは銀の皿に乗っている茶色い塊を見て、意図を図りかねるというような表情を浮かべている。
ベルフェゴールは不思議そうに返答した。
「何って――蒸かした馬鈴薯ではないか。食べたことないのか?」
「う、うん? やっぱりそうだよね……。あの、ごめん、ベルベル、ウチってなんかごはん抜きにされるような悪いことしちゃったっぽい?」
「何を言う、お前は大事な客人であると言ったであろう。遠慮するな、ちなみに馬鈴薯には塩をかけるとそれなりに食えるぞ」
「え、えぇ……?」
のえるの顔が一瞬硬直し、それから物凄くこちらを哀れむような表情になった。
「も、もしかしてベルベルって……これを毎日食べてるの?」
「そうだが」
「他のものは食べない?」
「そんなわけがないであろう。流石の俺も小腹が空けばフルーツぐらいは……」
「あ、もういい、大体わかった。うん、わかったわ」
のえるが小刻みに何度も頷いたのを見て――ああ、とベルフェゴールは察し、小さく切り分けた芋の欠片を上品に口に運んだ。
「あぁ……そうであったな。愚かな人間どもの間には料理とかいう獄上に面倒な文化があるのであったか? 聞いた話によるとたかが食い物を食べるためだけに何時間も準備するとか。安心せよ、俺はそのような煩雑で面倒な文化に興味はない」
ベルフェゴールは得意になって魔界の文化を説明した。
「そもそも高位の魔族にとって食事などというものは重要な行為ではない。高位の魔族ともなれば、食物からではなく、大気中の魔素から直接生命エネルギーを摂取できる。それなのにまるで戦前の貴族のように、わざわざこうして食事などという獄上に贅沢な行いができるとは……この時間ばかりは魔王になった功徳だな……」
ああ、この芋は少し硬いが頑張れば飲み込める。
こうして優雅に栄養の経口摂取などという獄上に贅沢な行いを体験させられたのえるは、否応なく魔王という存在の巨大さ、偉大さを思い知ることになるだろう。
どうだ参ったか。凄いだろう魔王って……などと得意になっていたベルフェゴールは、途端に発したバァン! という音に身を竦ませた。
「あぁ……そうなんだ……そっちの方なんだね……」
フォークとナイフをテーブルに叩きつけ、ゴゴゴゴ……と、なんだか物凄く怒っている様子ののえるに、流石の魔王も呆気に取られ、芋の欠片を口に運ぶのも忘れた。
「の、のえる、どうしたのだ?」
「――ゴメン、ベルベル。ウチちょっと用事ができたわ」
用事? その一言に驚いていると、やおらのえるが自分の右手の爪に手を伸ばし、自ら色とりどりの爪を折り始めた。
否――折っているのではない。予想通り、人工のものであったらしい付け爪を外しているのだ。
きょとんとその光景を見ているベルフェゴールの前で、のえるは全ての爪を外し終わると――キッ! と虚空を睨みつけた。
「なんかウチ……この世界の人間と魔族の戦争が終わらない原因、なんとなくわかっちゃったわ――お互いの価値観が違いすぎるんだよ」
「え? か、価値観……?」
「人間はね、食事の用意が面倒だからこそ、より美味しいものが食べたいって思うからさ。こりゃ魔族にも食事の楽しさを教えとかないと……多分、何度やめてもまた戦争が起きるなコレ」
そう言いつつ、のえるは皿の下にあったナプキンを手に取ると、素早く頭に巻き付けて髪を隠すようにした。
その後、近くにいた背格好の似通う魔族のメイドになにか耳打ちをし、戸惑っている様子のメイドからエプロンを強奪すると、実に手慣れた様子で身につけ始める。
「の、のえる、何をする気なのだ……?」
「ウチ、今からちょっとコレ作ってるところに行ってくる。ちなみに聞くけど、普通の魔族ならちゃんとご飯作って食べるんだよね?」
「あ、ああ。魔素の取り扱いが上手くない中級以下の魔族や、負傷した魔族なら傷を癒やすために栄養分の経口摂取が必須だが――」
「あーよかった。それ聞いて安心したわ。なんとかなりそうで。ベルベルも芋食べたらついてきて」
そう言い捨て、のえるはのしのしとどこかへと去ってゆく。
あのフレンドリーが常ののえるがいつになくそっけない態度なので、流石にベルフェゴールも何かを察して腰を浮かせた。
「お、おい聖女のえる、どこへゆく!? 芋要らないのか!?」
その呼びかけにも答えないのえるに、ベルフェゴールも流石に食事を中断して後を追いかけた。
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