第19話獄上の罵り合い

「それで、魔王陛下は午前中の執務を全てキャンセルし、仮眠を摂られていたと?」

「う、うむ……もう若くはないと思っていたが、予想以上にこの身体にはもう無理が効かんようだ。何しろ俺も三百歳だからな……」

「全く、だから私は何度も申し上げております。もう少し業務の効率化というものを図って執務の量を圧縮すべきであると。陛下は本当にご自分のこととなるとドライに過ぎます」

「それはさっきシルビアに言われた……あまり言ってくれるな」




 仮眠は二時間ほどだったが、何だかここ数十年で最も気持ちのいい目覚めだった気さえする。


 仮眠中、自分の代わりに執務をしてくれていたアヴォスのお小言を小さくなって聞いていると、にひひ、と部屋の隅のソファに胡座をかいて座り込んだのえるが意地悪く笑った。




「へぇ~、ベルベルってメガネ君には頭が上がらないんだ。いいこと聞いたなー。それに魔王にも貸しがひとつできたし。何してもらおっかな~」




 ニヤニヤ顔で笑うのえるを見て、アヴォスとベルフェゴールは顔を見合わせる。


 顔を見合わせた後、あくまで絆されぬと決めているらしいアヴォスが一層苦い顔をした。




「……しかも全く、よりにもよって聖女のえるの部屋でお倒れになられるとは……。これでは魔族の頂点としてあまりにも他に示しがつきません。これが人間どもの耳に聞こえたらと思うと……」

「だから……言うな。今回は俺の無理が祟った結果だ。今後は連続での徹夜などはせぬよう心がける。それで許せ」




 きまり悪くその後のお小言を退けると、ハァ、とアヴォスがため息を吐いた。




「とにかく聖女のえる、陛下も陛下だが、貴様もあまり陛下に馴れ馴れしくしてくれるでない。この方はこれでもこの地上の全魔族の頂点、我らの歴史の一部たる偉大な魔族なのだ」




 これでも、ってなんだ、これでもって。


 ベルフェゴールはちょっとムッとしたが、アヴォスは素知らぬ顔で続ける。




「更にだ。いくら聖女とは言え、今後は魔王陛下の頭を撫でたり、寝顔を指でつついたりするのは厳禁だ。それと、魔王陛下の寝顔を撮ったその念写は魔界の最高機密だ。後で削除しておくように」




 そう言ったアヴォスの言葉に、のえるがびっくりした表情でソファから腰を浮かせた。


 寝顔をつついた? 寝顔を撮られた? その一言にベルフェゴールも椅子から腰を浮かせた。




「え、えぇ――!? メガネ君、なんでウチがベルベルの寝顔撮ったの知ってんの!?」

「ね、寝顔を撮影しただと――!? 聖女のえる、お、お前、俺が失神している間にそんなことしていたのか!?」

「当然だ。これでも私は【大賢愚】の二つ名を持つ大魔族だぞ。貴様如きの挙動など手に取るように把握できるとも」




 アヴォスはモノクルをくいっと指で持ち上げた。


 途端に、モノクルの向こうに光るアヴォスの紫色の瞳が妖しげな光を放つ。




「私が持つこの魔眼には、あらゆる事象、空間、時間、魔法的干渉、その全てを貫き通して持ち主に真実を見せる効果がある。貴様が魔王陛下がご就寝中に働いた無礼の数々など、ここに居ながらにしてでもまるっとお見通しだ。私がいる限り、魔王陛下の寝首を掻こうとなどとは考えぬ事だな、ん?」




 今のアヴォスの得意げな説明には、明らかに何かの意地が滲んでいた。


 どうやらこのインテリ魔族、どうあっても聖女のえるが魔族に優しいギャルであることを認めないつもりらしいのである。




 案の定、のえるがかなりムッとした表情で押し黙った。


 アヴォスがそれを愉快そうに見つめると、聖女のえるが吐き捨てるように言った。




「……この覗きエロ眼鏡」

「なッ――!?」




 そのストレートな悪罵に、アヴォスが目をひん剥いた。




「ど、どういう意味だ!? この大魔族に向かってエロ眼鏡とはなんだエロ眼鏡とは!! どこがエロいというのだ貴様!」

「だってそれ、要するにその気になればお風呂場でも着替え中でも覗けるってことじゃないの? エロいじゃん。犯罪くっせーコイツ、サイッテー」

「なな、ななな――!?」




 相変わらずこの聖女は一旦こき下ろすモードになったら、歯に衣着せぬ物言いが辛辣である。


 案の定、アヴォスが顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。




「ひ、ヒィーッ!! 取り消せ! この私の一族に代々伝わる魔眼をエロいなどとは何だ! 侮辱だ非礼だ冒涜だ! いくらなんでも許さんぞ聖女!」

「うっわマジかよ。その反応、やっぱ実際何度か試したことあるんじゃん。もしかしてベルベルがお風呂入ってる時とか監視とかいう名目で覗いたりしてんじゃないの?」

「んな――!? そ、それは……! その……!」

「えっ」

「……おいアヴォス、今の反応は何だ?」




 途端に、むん、と発した魔王の怒気に、アヴォスがぎょっと背後を振り返る。




「お前まさか、今しがたのえるの言った通りのことをしておるのか? この魔王ベルフェゴール・リンドヴルムの湯浴み姿を覗き見るなど……誰がそのようなことをせよと言った?」

「あ、い、いや、違いますッ! 全くの誤解であります魔王陛下! この聖女の口車に乗ってはなりません! これは陛下と私の仲を引き裂こうとするこの者の手口であって――!」




 アヴォスは大層慌てた様子でそう釈明したが、一体何が「全くの誤解」なのか。


 言った側ののえるでさえドン引きの表情を浮かべる前で、アヴォスの端正で知的な顔が物凄く汗だくになる。


 今後は湯浴みの時は物凄く厳重に結界を張って入ろう、とベルフェゴールが固く決意していると、部屋のドアがノックされ、メイドが恭しく頭を垂れながら部屋に入ってきた。




「魔王ベルフェゴール・リンドヴルム陛下、ならびに聖女のえる様。お食事の準備が整ってございます。どうぞ食事の間へ」




 そう言えば、すっかり時間は昼前だ。


 うむ、下がってよし、とメイドを下がらせ、ベルフェゴールは立ち上がった。




「うおおおおお、そう言えば魔界メシまだ食べてなかったんだよね! そういやむっちゃ腹減っとる! ベルベル、魔界の料理って美味しいの!?」

「当然だ。この俺を誰だと思っている? この俺の口に入るものが下賤なものであろうはずがないだろう。お前にもすぐにわかる」




 フフン、と多少得意げに笑うと、のえるの顔が一層輝いた。


 


「言っとくけどウチ、こう見えてむっちゃ食うからね! ギャル友とかは体重気にして食事抜いたりするけど、ウチは常に栄養不足だもん! 意外にガッツリ系だし!」

「ふむ、それではお前も魔界の美味を体験するがよい。足りぬと言うなら誰にでもよい、幾らでも申し付けよ」




 うん! と嬉しそうに頷いたのえるとベルフェゴールは、魔王城の中層階にある食事の間へと向かった。




◆◆◆




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