第15話獄上の魔剤

「おっはーベルベル! 昨日はベルベルのおかげで超快眠だったし! ありがとね!」




 ズバーン! と音が鳴る勢いでドアを開けたのえるに、ベルフェゴールは目を通していた書類から顔を上げた。


 秘書官でもあるシルビアが、相変わらずガサツな子ねぇ、というように苦い顔を浮かべた。

 



「……聖女か。朝から元気なことだな」

「んお? そういうベルベルはなんかめっちゃ消耗してね? 割とウチ、今日は早起きのつもりだけど、もう仕事?」

「ああ、昨日は徹夜したからな」




 平然と言うと、のえるがぎょっと目を見開いた。




「て、徹夜――!? あのテスト前とかに頭のいい子がやるっていう――!?」

「なんだ、徹夜如きで何を驚くことがある。俺は魔族だぞ。三~四日眠らないぐらいなら体調に影響はない」

「さっ、三徹――!? 死んじゃうでしょそんなの!」

「これで死ぬならば俺はもう百万回は死んでおる。とにかく平気なのだ」




 事実、それは本当のことである。今もベルフェゴールは四日間徹夜して執務に当たっている最中なのである。


 そりゃ多少はだるいが、百年もこれを繰り返していると、それなりに体も慣れてくるし、疲れた分は魔力で補うことも出来る。


 そもそも睡眠や休息自体、魔力量が豊富な魔族にはあまり重要ではないのである。




「魔王陛下、今度はこちらの書類をお願いね?」

「ああシルビア、この書類は?」

「魔王軍に新たに設置するポストの役員報酬予算の決済書。命名は公募で選んだわぁ」

「ほほう、遂に決まったか。……んん、名前は『八王子』か」

「カッコイイでしょう?」

「カッコイイとは思うが……流石にポストを乱造し過ぎではないか? 既に四天王の他に五大老、六祈将軍オラシオン・セイス七崩賢しちほうけん七魔皇老しちまこうろうもおるではないか。ただでさえ財政がガタガタなのに役職手当で人件費がかさむであろう? 何故か七人のポストが二個あるし」

「それでも、こういう名前をつけているだけで人間たちは怯えるものよ。実際、八王子って命名したけどまだ七人までしか決まってないの」

「ならば名前は七魔皇老パート2とかでよいではないか」

「それだとカッコよくないじゃない。人間どもが怯えてくれないわ」

「んむ……それもそうだな。仕方ない、ほらハンコ」

「うふふ、ありがと♥ それで次の書類は……」

「あ、あのさぁベルベル!」




 憤ったような表情でのえるが執務室に歩み入ってきた。


 のえるの身の回りの世話を任せているメイドなどは、魔王の執務室に遠慮なく侵入していくのえるを見て顔を青ざめさせている。


 のえるは執務机に両手を着き、ベルフェゴールを見つめた。




「ちょっとベルベル! いくら魔族だからってちゃんと休憩ぐらい摂らないと! 全ての労働は身体が資本って言うじゃん! 魔王からそんなことしてたら他の魔族にも示しがつかないでしょうが!」

「……なんだ、お前が何を憤っておる。俺が平気だと思うから平気なのではないか。それにもし本当に草臥れたのなら、俺でも休憩ぐらいは摂るぞ」

「それって何時間に一回のペース!?」

「うーむ……一週間に十分ぐらいか?」

「短ッ! それ休憩って言わない、ただのインターバルじゃん!」




 この女は一体何を憤っているのだろう。ベルフェゴールは困惑しつつ、傍らに置いた缶に手を伸ばした。


 この魔界の飲み物は「魔剤」と呼ばれるポーションで、これ一本を飲み干せば三日徹夜していても元気が出る優れものである。


 だが、その黒と緑の毒々しい色の空き缶が三本、執務机横のゴミ箱に突っ込んであるのを見て、ますますのえるは憤ったようだった。




「なんか如何にも身体に悪そうな飲み物が一杯捨ててあるし……! つーかこれ、どっからどう見てもモンエナじゃん! こんなんどこで買ったの!?」

「モンエナ? 何の話だ? これは魔界で売っているポーションだ。これ一本で疲労回復はおろか、麻痺や毒、呪いの解呪まで出来る。重宝しておるのだぞ」

「だからそんなもんに頼って仕事してる時点で休憩しろっつうの! 少しでも休んだ方が絶対効率いいでしょ!」

「うむ……? なんだか朝からやけにしつこいではないか。何故お前がそんなに俺の仕事環境に憤るのだ?」

「そりゃ心配だからじゃん! そんなことずっと続けてたらベルベル過労死するよ!」

「だから……何故お前が俺を心配するのだ、と聞いておるのだが」




 はぁ――!? と、のえるが憮然と押し黙った。


 ベルフェゴールは書類から目だけを上げてのえるを見て、いつかは言わないと行けないと決めていた一言を口にした。




「俺は魔王だぞ。何故に魔王が人間如きに心配される必要がある? それにお前はただの客人であって、俺の身内でも配下でもない。赤の他人が魔王に向かって差し出がましい事を言うな」




 その一言に、のえるがショックを受けたような表情を浮かべた。


 そう、それは昨日一日で繋がりかけていた何かを確実に断ち切る一言。


 それでもベルフェゴールは仏頂面をキープし、あくまでものえるを無視する形で書類に視線を落とした。




「わかったなら帰れ。俺は忙しいんだ。あまりお前のおもりばかりしているわけにもいかん。こちらの用事が済むまで部屋でじっとしていろ」

「――ッ! もういい! ベルベルの馬鹿! 馬鹿チンコ!」

「チンッ――!? お、おい聖女、お前も聖女ならそのような端ない言葉は謹んで――!」

「ベルベルの馬鹿馬鹿チンコ! ベルベルなんかカレーと間違えてウンコ食ってろッ!」




 なんだか意味はよくわからないが、物凄く罵倒されたことはわかった。


 のえるが執務室を出て行ったのを見送って、ハァ、と、どう考えても聞こえるようにため息を吐いたのはシルビアだ。




「ベル坊……あなた、本当に昔からそういうところあるわよね。時々凄くドライっていうか、信じられないぐらい冷淡になるっていうか……」

「……仕方あるまい。俺にも立場というものがある。如何にアレが魔族に優しいギャルだと言っても、あまり馴れ馴れしくされるわけにもいくまい。それとどさくさに紛れて俺をベル坊と呼ぶな」




 ベルフェゴールが苦い表情で言うと、シルビアが腰に手を当てた。




「だからって今のこのタイミングはないでしょ。あのねぇベル坊、あの子の言うことは正論よ?」




 シルビアはその胸の巨大さ故に常に凝っているのであろう肩に手を回し、呆れた表情になる。




「あのねぇベル坊、ああやってわざわざ無抵抗で魔界についてきてくれたギャル様に向かって今のアレは酷いわよ。あなたを心配してくれてんたじゃない。あまり馴れ馴れしくするなって言うなら言い出すタイミングってものがあるでしょうが」




 秘書でも配下でもない、順当に年長者としての意見を言い聞かせてくるシルビアの言葉に、ベルフェゴールも思わず押し黙らざるを得ない。


 だけれど――内心困っているベルフェゴールに、シルビアは更に心配そうに言う。




「それにあなたも心配。私も魔族の長老としてずっと生きてきたけど、あなたぐらい根がブラックな魔王は歴代でも初めてよ? 至って無趣味だし、仕事と戦争が生き甲斐って感じ。ギャル様の言う通り少しぐらい遊んだり休んだりしたってバチなんか当たらないわよ?」

「む。そ、そこも説教してくるか……いいではないか無趣味でも。それに魔族の王たるものが趣味にうつつを抜かしたらそれこそ暗愚な王として……」

「限度があるでしょうが。魔族どころか魔王に向かってあれだけ親身になってくれる人間に向かって、あなたよくそんな冷たいこと言えるわね」




 本気のトーンで説教され、ベルフェゴールは悪童のように縮こまった。




「あなたは魔族に優しいギャル様が戦争を終わらせるって期待してるんでしょう? いざ本当に終わっちゃったらどうするの? 無趣味でブラックで、仕事と戦争が生き甲斐のあなたは平和になった世界でどうやって生きてくのよ」




 それは――ベルフェゴールは押し黙るほかなかった。


 確かに、自分は仕事と戦争のことしか知らない。


 平和になって、そのどちらもが不必要になった時、自分はどのように生きていくべきなのか。


 そんなこと、考えたこともなかった――。




 けれど――ベルフェゴールは書類を机上に置き、シルビアを見た。




「だがな大姐様――俺が仕事の手を止めるうちに、一体何人の魔族が人間どもによって命を落とすと思う?」




 その言葉に、シルビアは苦い表情を浮かべた。


 ベルフェゴールは少し迷った後、自分の正直な気持ちを口にした。




「俺は――結局、怖いのだと思う。自分の怠惰で同胞が死にゆくことが、怖くてたまらんのだ。だから手を止めるのが怖い。魔王になってからというもの、休んでも休んだ気になれんのだ……」




 そう言うと、シルビアが一瞬、気の毒そうな表情を浮かべた。


 


「……まぁ、いくら長老だなんだって呼ばれても、魔王ではない私にはベル坊の気持ちはわからないんだけどねぇ」




 その一言と共に、説教タイムは終わりを告げようとした。


 ベルフェゴールが放っていた書類を手に取った、その瞬間。




 ピロリンッ! とでもいうような音と共に、妙なイメージが頭の中に流れ込んできた。




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◆◆◆




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