第13話獄上の友情

 その後、私室へと引っ込んだ魔王・ベルフェゴールは、腹心であるアヴォスを呼んだ。


 すぐにやってきたアヴォスを「ご苦労」と労った後、ベルフェゴールは視線ひとつで人払いを済ませる。




「すまんなアヴォス、そなたも多忙の身でありながら呼びつけたりして」

「もったいないお言葉にございます、魔王陛下。して、あの聖女は……」

「よい、アヴォス。久しぶりに臣下のものではない、お前自身の言葉を聞かせてくれ」




 ため息混じりにそう言うと、アヴォスが顔を上げた。


 なんだかぐったりと疲れてしまった気分で、ベルフェゴールは手で顔を拭った。




「俺はなんだか疲れてしまった、色々なことがありすぎた夜だったのでな。今夜はひとつ、しがらみの全てを取り払い、俺の愚痴に付き合ってくれまいか」




 そういうと、アヴォスがなにかの仮面を外したような間があって――。


 久しぶりに聞く、魔王の右腕のそれではない、柔らかな声が聞こえた。




「全く、最近の君は何を考えてるんだ、ベル。ただでさえ聖女を拉致するのに一人で行くと言い出して聞かないし。それどころか連れ帰ってくるなんて……」




 呆れたような、それでも、声の何処かに真剣な心配の色を含ませた声。


 久しぶりに聞く、臣下ではない、幼馴染としてのアヴォスの声だった。




「僕は何度も君に言ったな、聖女など発見次第殺してしまえと。だが君は聖女を魔界に連れ帰る、部下も護衛も要らぬと言って聞かない。魔王としてはギリギリの決断じゃないか」

「そうだな、その通りだ。どのような理由があっても魔王が聖女を魔界に連れ帰るなどというのは不自然なことだ。殺してしまった方が余程早く事が済むと、臣下たちも不審に思っていることだろう」

「なら、何故?」

「言っただろう、俺はこの世界を救うのが暴力ではなく、優しさであることに賭けようと思ったのだ。今回召喚された聖女が伝説にある魔族に優しいギャルなのであれば――」

「はいはい、魔王としての建前はそれで結構。――君はあの女と出会うまで、あれが伝説の存在かも知れないなんて間違いなく知らなかったはずだろ?」




 少しいたずらっぽくそう言って、アヴォスの目はじっとベルフェゴールを見つめている。




 ベルフェゴールは窓の外――暗闇に浮かんだ、二つに砕けた月を見上げた。


 元はひとつだったもの、だがもう二度とひとつには戻らないもの。


 まるでこの世界の人間と魔族の象徴のような、青白く輝く月である。




「なぁアヴォス。お前は、本当に俺たち魔族は穢れていないと思うか」




 その問いに、アヴォスは少し驚いたようだった。




「な――何を言うんだよベル。僕たちはどこも穢れてなどいない。むしろ穢れているのは人間の方で――!」

「本当に、そう思うか」




 繰り返し問うと、アヴォスが口を閉じた。




「俺たちがもし人間どもの軍に対して劣勢で、なおかつ異世界からの聖女召喚という方法が目の前にあったのなら――俺たち魔族はその手段に手を出さず、潔く敗北と滅亡を受け入れられたであろうか。……俺には、どうしてもそうは思えんのだ」



 

 今日一日、聖女のえるの、自分に素直で正直な言動を目の当たりにして。


 ベルフェゴールが悶々と考えていたのは、そのことだった。




「俺たちは――そんなに人間どもと変わらぬのではないか。確かに見た目も、魔力量も、寿命の長短も大きく異なりはしているが――心、そう、心や理性と呼べるものは、俺たちが穢れていると信じている人間どもとそれほど変わりがないのではないか」

「べ、ベル、それは――!」

「今日、俺は聖女のえるといてそんな事を考えたのだ。俺たち魔族は穢れてなどいない、本当にそう考えることが正しいことであるのか――」




 ベルフェゴールは少し首を傾げた。




「いや――これは正しくないな。人間や魔族、そのどちらにも穢れている部分があるのではないか。いやむしろ、人間も魔族も、この世界に生きとし生けるものは悉く、聖女のえるのいた世界のものに比べれば、穢れているのではないか――」

「そ、それは……確かに、そうかもしれない」




 アヴォスは悔しそうに、だが事実であるというように俯いた。




「あの女は、僕にすら優しかった。おそらくあの女が暮らしていた世界に、僕らのような魔族はいないからだろう。知らないものを怖がらないのは性格だと思うが……」

「だが、本当にそれだけか? 本当は俺たちも真の優しさというものを知らないのではないか。仮に人間族か魔族、片方がこの世界から消えた後……俺たちは、同族同士で殺し合いを始めることはないと言い切れるのだろうか」




 魔王の私室に沈黙が落ちた。


 魔王ベルフェゴールは、大きく嘆息した。




「俺はふと、あの聖女に気づかされたのだ。我々は争いのないこの世界を知らぬ。ならば我々は、本当に優しいとはどういうことなのかをも知らぬのでは、とな――」




 そう、それがベルフェゴールが、個人として出した結論。


 魔族に優しいギャル、それがどのように世界を救うかまで、大予言者は予言してはくれない。


 けれど――それが優しさというものであるなら、我々だって学ばなければならない。


 聖女のえるの優しさから、暴力に代わってこの世界を形作るものを学ぶ必要があるのだ。




「俺たちだって謙虚に学ばなければならぬ。優しいとはどういうことなのか。他者を思うということがどういうことなのか。――俺は、あの聖女から真の優しさというものに触れてみたいのだ」




 べエルフェゴールが己の思いをそう結論すると、アヴォスが頷いた。




「なるほど、ベル。君の気持はよくわかった。けれど――やはり僕は聖女を許すことはできない。君も心の底では――そう思っていると思う」




 アヴォスが真剣な表情で問うてきた。


 その一瞬だけ、ベルフェゴールは過去のあの記憶を思い出す。


 紅蓮の炎が血の赤に夜空を照らした、あの夜のことを。

 

 【焦熱】――その称号の元になった、自分が魔王になった原因を作ったあの日のことを。




「魔族に優しいギャルなんて存在しない。そんなものは単なる夢想家が夢見た甘い空想であって、それらが僕らを救うということも信じない。だが同時に、僕はあの女を殺さない。それは僕があくまであの女ではなく、君を信じるからだ。だから殺さない――今はこれでいいだろうか?」




 それが、魔王の右腕たる己ができるギリギリの妥協なのだと主張する声だった。


 ベルフェゴールは申し訳ない気持ちで目を伏せた。




「すまないな、アヴォス。これまで散々人間と戦わせておいて、外でもない俺がこんなことを言い出すなどとは――」

「いいさ。それに君が突拍子もない事を始めたり言い出したりするのは昔からだ。そんな君を僕以外、誰が支えられると思う?」




 安心しろよ、というような、正しく悪童そのもののアヴォスの顔に、なんだか途轍もなく励まされた気がして、ベルフェゴールも笑った。


 過去百年、君と臣として、そして竹馬の友として、数々の困難を乗り越えてきたこの男と一緒ならば、この戦乱だってきっと終わらせることが出来る。


 その確信と共に、しばし低く笑い合った男たちの声と共に、魔王城ガリアス・ギリの夜は更けていった。




◆◆◆




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