第12話獄上の貴賓室③
は、と、のえるがあまりの事態を目の前にして、息を呑んだ。
プルプル……と細かく震えながら、ベルフェゴールは言った。
「な……なんだ、嬉しくはないのか。お前の国ではこれが、その、平和の……象徴なのであろう?」
のえるはまだ絶句したままだ。
克、と目を見開き、ベルフェゴールは宣言した。
「このギャルピースに誓わせてもらおう……聖女のえる。必ずやこの【焦熱の魔王】ベルフェゴール・リンドヴルムが、お前を元の世界に帰すための方法を発見してやる」
言ってる内容とは裏腹に、どうしても力が入らない声をどうにか魔王のそれに保ちながら、ベルフェゴールは更に言った。
「この俺は魔王だぞ。神々さえ殺すことが可能なこの俺にとって……お前を元の世界に帰す方法を見つけるぐらい、どうして難しいことがあろうか。
まだ完全には拭い去れない恥ずかしさを押し殺し、それでもベルフェゴールは宣言した。
「だから……泣くな。元気を出すのだ。このギャルピースに誓って、俺が必ずやお前の元気と平和をも取り戻してくれようぞ。契約……否、これは約束である、獄上のな!」
その宣言、いや、約束に……のえるが数秒かけて笑顔になった。
否、その笑顔は徐々に涙と鼻水をも圧倒して、遂には声を上げての大爆笑に変わっていった。
「あは……あははははは! 魔王がギャルピースしてる! ウケんだけど! しかもそれ、ギャルピースじゃなくね!?」
「え……」
「それ、ギャルピースじゃなくて加藤鷹のポーズじゃん! JKに向かって物凄いセクハラ働いてんなこの魔王! あは、あはははは!!」
「ちっ、違うのか――!? それにカトータカって、誰なのだその人間は!?」
「ま、まぁそれはいいよ。JKの口からAV男優のこと説明させんなし」
とにかく、とのえるが涙と鼻水を掌で拭い、百万ルクスの笑顔を浮かべた。
「とにかく、むっちゃ元気出たし! ありがとねベルベル、ベルベルは優しいね!」
優しい――何の気なしに言われたその一言に、ベルフェゴールははっとした。
魔王の座についてから百年。常に残虐だ暴虐だと言われ続けた大魔族には、生涯無縁だと思っていた一言。
その一言になんだか物凄く全身がむず痒くなり――思わずベルフェゴールは顔を逸した。
「あーっ、ベルベルが照れてる! 耳まで真っ赤っか! あはははは!」
「う、うるさい! 貴様が悪いのであろうが! この暴虐の魔王に向かって優しいなどと、獄上に似合わぬことを言いおって……!」
「なんだよー、事実じゃん? さっきはギャルピースまでしてウチのこと励ましてくれたしさ。ベルベルはウチにやさしーよ? もっと自信持てって」
にこっ、と、まだ涙の跡がわかる目で微笑まれて、一層なんだか居心地が悪くなった。
お、おう、などと気のない返事で応じた途端、ぱたり、と、のえるがベッドに倒れ込んだ。
「のえる……?」
「ああ、ダメだウチ……緊張が途切れたら疲れた……もうHPゼロだよ……」
「なんだ、眠いのか……まぁ、そうであろうな。今夜は散々こちらに付き合わせてしまったから。至急近侍に支度を整えさせて……」
「ベルベルでいい、側にいて」
去っていこうとするところを、きゅ、と、マントの裾を掴まれてそう言われた。
既に微睡みかけている目を必死に開いて、のえるはいつになく甘えた声を出す。
「少しでいい、後少しでウチ、寝落ちするから……ベルベルが側にいてくれると嬉しい……かも……」
初めて聞いた、年頃よりももっと幼い少女の声に、ベルフェゴールは彼我の年齢差にも関わらず、なんだかドキッとしてしまう。
どうしようか迷ったが、こう言い出すと聞かないのはわかっている。
ベルフェゴールは、のえるが倒れ伏した広いベッドに腰掛けた。
「俺で……いいのか?」
「うん、ベルベルがいてくれれば安眠できそう……」
「……あのな、一応、俺は魔王なのだぞ? 隣にいて人間に安心されると形なしなのだが……」
「もう、うるさいって……ウチはベルベルがいいの……」
その小さな声を最後にして、のえるはゆっくりと目を閉じた。
「ベルベルの匂いが近くにあると、ウチも安心できるからさ……」
匂い。じっとりと、湿ったような口調でそんなことを言われて、思わずベルフェゴールの血圧が急上昇した。
そのまま、反論も何もできずにただ座っていると、のえるの呼吸がゆっくりと、睡眠のそれに変わっていった。
しばらく、その寝顔を確認し、すっかり寝付いたのを確認してから、慌ててベルフェゴールは立ち上がった。
俺の匂いが近くにあると安心する?
それは一体、どういう意味なのだろう。
人間の女というのは、みんなこんな風に恥ずかしいことを平然と口にするものなのだろうか。
いまだその一切を知らぬ人間、それも女の言葉に大いに動揺してから――ふと、そこでのえるを振り返ったベルフェゴールは、足元に畳まれたままになっている布団を、ゆっくりとのえるの身体にかけてやった。
「――俺が人間に優しくするのは、これが最初で最後だぞ」
どう考えても、自分に言い聞かせているとしか思えないその一言を、自分以外に聞いたものはいなかった。
◆◆◆
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