第11話獄上の貴賓室②
素っ頓狂な声がのえるの口から漏れ、ベルフェゴールはぎょっとした。
のえるは物凄く慌てた表情で板を左右に振り、上下に振り、それでもダメだとわかると部屋の中をうろうろと歩き出し……やがて、ベルフェゴールの前で止まった。
「の、のえる……!? どうしたのだ!?」
「や、やっぱり! ベルベルの近くにいると電波入る! ど、どういうこと……!?」
え、俺の周りからデンパ? 獄上に意味がわからん。
困ってしまって思わず小首を傾げた途端、のえるの顔が更に驚愕した。
「あ! あ! ベルベルが顔傾けたら更に強くなった! ベルベル、そのまま動き続けて!」
「え、えぇ――!? で、デンパとはなんだ!? 魔力みたいなものか?!」
「遠いところに人の声とかを届けられる物凄い魔力のこと! いいから動き続けて!」
「あ、あう……! こ、こうか?」
「違ぁーう! 却って入らなくなった! もう少し、もう少し頭の位置下げて!」
「ぬ……!? ……こ、これならどうだ?」
「おおーし! バッチリバッチリ! もっと頭の位置、具体的にはツノの位置下げて!」
「こ、これ以上下げるのか……!?」
「お願い! お父さんだけでも連絡取って安心させたいからお願い!」
必死の声と表情でそう言われれば、如何に魔王といえども従わざるを得ない。
のえるに命じられるままあれこれとポーズを変え、遂には地面に膝をつき、両手をつき、上体を極限まで折り、顔を地面スレスレにまで下げる羽目になった。
いわゆる、土下座――である。
それは【焦熱の魔王】、一世一代のダークネス★土下座であった。
「おっ、おおー! 遂に5G入った! 魔王って5Gに繋がってるん!? ベルベルのツノってWi-Fi中継機だったのかよ!」
「う、ぐおおおおおお……! な、なんだか獄上に屈辱だぞ……! ま、魔王が聖女に向かって土下座するとはァ……! 魔王としてのプライドが許さん! の、のえる、早くしろ、早くしてくれ……!」
「あ、ご、ゴメン! すぐお父さんに連絡するから! ちょっとそのまま!」
大いに慌てた様子でのえるは例の板を耳に押し当て、しばし沈黙した。
「――あっ、お父さん!? ウチウチ、のえるだよ! ゴメンね一週間も連絡取れなくて! ウチは無事だよ! 心配してたでしょ!?」
ああよかった、父親には無事連絡がついたらしい。
土下座のまま、なんだかベルフェゴールまでホッとしていると、「えっ!?」というのえるの声が後頭部に降ってきた。
「……いやいや、何言ってんのお父さん! ウチ、一週間も家開けたまんまじゃん! ――えっ、えぇ!? まだ十分しか経ってないって!? ウソでしょ!? ちょ、ちょっと待って!」
瞬間、板を掌で押さえ、のえるが困惑を露わにした声でベルフェゴールに尋ねてきた。
「べ、ベルベル、なんか話が噛み合わないよ! ウチはこっち来て一週間も経ってるのに、お父さんはウチがコンビニ行ってから十分しか経ってないって……!」
「……おそらく、こちらの世界とお前の世界の時間の流れ方が違うのだろう。ある世界で数年が経過していても、違う世界ではものの数秒しか経過していないということはよくある。時間の流れのねじれは次元魔法の理屈からも十分考えられる現象だ」
「なるほど! とにかくSFってことか!」
凄い納得の仕方を見せて、のえるはまた会話に戻った。
「お父さん、よく聞いて。ウチね、今ちょっと別の世界にいるの。嘘じゃないから! 本当だって! コンビニ行く途中になんか魔法陣みたいなのが現れて吸い込まれちゃったの!」
のえるは必死に今の状況を説明する。
「そしたら中世ヨーロッパみたいな異世界にいて、なんか聖女がどうのこうの、魔王がどうのこうのって言われて……! ……うん、うん、絶対嘘じゃない! でもウチは安全なところにいる! ベルベルっていう優しくてむっちゃ顔がいい魔王に保護されてるの! ……いや、家出とか神待ちとかじゃなくて! ちゃんとした組織に保護されてるってこと!」
いや、本名はベルフェゴールなのだが……まぁ、顔を褒められたから黙っとくか。
「お父さん、とにかくウチは大丈夫だから! 必ず元の世界に戻る方法は見つける! だから安心して! どれぐらいかかるかわかんないけど、絶対帰るから! ……うん、うん、じゃあ、あんまり時間ないから切るよ! 今後の連絡はLINEでお願い! それなら後でも読めるから! あと、今夜はなんとか自炊してね! じゃあね!」
ハァ、と、のえるは大きく大きくため息を吐いた。
ベルフェゴールは顔を上げた。
「用事は済んだか?」
「うん、ありがとうベルベル……。なんかしばらくは大丈夫っぽいね。安心した……」
またため息を吐いたのえるに、ベルフェゴールもようやく顔を上げかけて……。
瞬間、ぐすっ、という洟を啜る音に、ベルフェゴールははっとした。
「のえる……」
「ご、ごめんベルベル、なんか安心したら泣けてきちゃって……」
涙と鼻水で顔をドロドロにしながら、のえるは両手で顔を覆って泣き出した。
心からの安堵、そして将来への不安を綯い交ぜにしたその悲痛な様に、ベルフェゴールはなんとも言えない気持ちで沈黙した。
「ウチ、ちゃんと帰れるのかな……? 人間の世界にいた時、何回聞いてもはぐらかされるばっかりで……だから……なんとなくわかっちゃったんだ。元の世界に戻る方法なんかないんだって……」
ベルフェゴールは奥歯を噛み締めた。
卑怯で残虐な人間どもめ、事情も何もわからない異世界の人間を一方的に召喚し、俺たち魔族と戦う兵器に仕立て上げるとは。
仮にのえるが元の世界に戻る方法を見つけているならまだ話は別かもしれないが、寿命が短い人間たちにそのような魔法理論を完成させることは難しいだろうし、そもそも考えてもいないのだろう。
召喚に成功したなら後はなし崩し、元の世界に戻りたいという聖女の要求をはぐらかし続ける。或いはありもしない帰還をニンジンとしてぶら下げて、聖女を戦争へ……。
人間ならば、ことこの世界の人間ならば、それぐらいのことは考えるだろう。
「ウチ、この世界で一生暮らすのは嫌だよ……ウチにだって友だちもいるしお父さんもいる。こんな世界のことなんか知らない、どうでもいい、ウチは関係ないんだからほっといてよ……! ウチ、聖女なんか、戦争なんか知らない……!」
今まで積もり積もっていた憤懣が、涙とともにのえるの口から漏れ出た。
ぐすっ、ひっぐ、と泣き続けるのえるを前にして、ベルフェゴールも覚悟を決めた。
人間族と魔族……それは相反する聖と魔。
だが、その人間の心が魔そのものであるならば?
聖であるべきは、この魔王をおいて他にはいない。
つまり自分しか――今ののえるを励まし、安心させることはできないのだ。
「のえる。俺を見ろ」
突如鋭く響き渡った魔王の声に、のえるがべちゃべちゃの顔を上げた。
ベルフェゴールはゆっくりと両手を掲げ、腕を持ち上げる。
死ぬほどの恥辱、そして何らかの敗北感にじっと耐えながら――。
【焦熱の魔王】ベルフェゴールは、瞬間、両腕を交差させ、両手の形をピースサインにする。
「ま……魔王式・ギャルピース……」
◆◆◆
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